第143話人竜の復讐 其の三

 ザインはヤムを咥えたまま武器を構える。それを見たオットーとユリウスは怒りで頭が沸騰しそうになった。何故ならザインの狙いがだと察してしまったからだ。


 「この下衆が!」


 そう吼えたのはユリウスである。盾となって仲間を守る彼だからこそ、守るべき仲間を死なせてしまった責任と殺した敵への怒りは誰よりも大きなものだった。


 「何とでも言え。」

 「ッ!来るぞ、ユリウス!」

 「解っている!」


 ヤムを咥えたザインは翼を開いて高速で接近し、速度と体重を乗せた鎚でユリウスの盾を殴る。衝撃吸収によってユリウスの負担は減り、衝撃反射によってザインの腕には痺れが伝わる。しかし魔具の能力を超えた一撃によって大盾はギシギシと軋み、ユリウスの身体はまたもや浮いてしまう。

 それでもザインを止めたことに変わりは無い。その隙にオットーは神通力を纏わせた剣をザインの心臓目掛けて突き出した。ヤムの死体を避けるような一撃をザインはファルゼルで弾いたのだが、そこで異変を察知した。何とファルゼルの一部である剣が刃こぼれしたのである。内心の焦りを隠しつつ、ザインは小声でファルゼルに問いかけた。


 「おい、大丈夫か?」

 「ハッ。シカシ、アノ神通力ナルモノ、魂ヲ滅スル力ヲ持ツカト。」


 ファルゼルの元は幽霊。魂魄そのものだ。身体を手に入れたとしてもその本質は変わらない。そんなファルゼルによれば、神通力は傷付けた相手の魂魄にダメージを負わせることが出来るらしい。むしろ此方が本質なのだろう。己の不利を悟ったザインは一度飛んで体勢を立て直そうとしたが、オットーはそれを許さなかった。


 「行け!」

 「何!?」


 オットーが剣を素振りしたかと思えば、巨大な黄金の大鷲が飛び出してザインに向かって突進してくるではないか。ザインは即座に刃の欠けたファルゼルを投擲するが、神通力の塊である大鷲相手には無意味である。大鷲に触れた瞬間、ファルゼルは溶けるように消え失せた。


 「チッ!」


 玉座の間は狭くはないがザインが自在に飛び回るスペースは無い。しかもザインよりも身体が大きいにもかかわらず小回りの利く大鷲を避けきれず、ザインは回避の甲斐なく翼膜を貫かれた。奇しくもルクスと同じ技で地に落とされた事になる。


 「ぐはっ!」


 翼による空中でのコントロールを失ったザインは、玉座の間の絨毯の上に転げ落ちる。それでもただで転げてやるほどザインはお人好しでは無い。奥の手の一つである重力魔術を遂に使ったのだ。


 「消えろ!」

 「じ、神通力が!?」


 ザインが生み出した極小のブラックホールは勇者の神通力を吸い込み、そのまま押しつぶしてしまう。本当は少しでも足止めが出来ればいいと思っただけなのだが、無力化させることが出来た。どうやら神通力は莫大な魔力を用いた魔術ならば対処可能らしい。

 また一つ情報を得たザインだが、強力な魔術を使う為に足を止めてしまった。その瞬間を見逃さず、ユリウスはヤムの死体の上から大盾で押さえつける。


 「オットー!今だ!」

 「邪魔、だ!」


 ザインはさらに次の隠し玉を使う。これまで見せていなかった鎚の変形能力によって先端を鉤状に変えると、盾の縁に引っ掛けてユリウスの手から盾を引っ剥がす。竜の剛力によって為す術もなく盾を奪われた。

 形状の変わる武器とそれによって自分の分身とも言える盾を奪われたユリウス。このままではマズいと後ろに跳んだが、既に機を逸していた。


 「むん!」

 「あ…。」


 ザインはいつの間にか握っていた新しいファルゼルによってユリウスの胴を両断した。彼はルクスの甲殻を用いた鎧を着ていたが、その隙間を縫うような正確無比な斬撃は呆気なくユリウスを両断した。


 「翼に穴…いや、片方でも飛べるようだな。あと一人、ッ!?」

 「いが…ぜない…!」


 ザインが驚愕したのは、彼の脚にユリウスがしがみついたからだ。上半身だけになったにもかかわらず、人間とは思えない力でザインをその場に固定する。固定といっても一秒にも満たない短い時間だったが、勇者ならばその一瞬で事足りるのであった。


 「はあああああ!」

 「ふん!」


 ザインはこれまで咥え続けていたヤムの死体を首を振ってオットーに投げる。先程は仲間の死体を傷つけることを躊躇したオットーだったが、ここに来てそんな甘さは捨てたらしい。迫るヤムの死体を斬り上げると、返す刀でザインに剣を振り下ろした。


 「ガァッ!」


 脳天から真っ二つにするような大上段からの斬撃は、ユリウスの足止めによってザインを捉えた。身を引いたので死ぬことは無かったものの、オットーの剣はザインの右目と右肩を深く斬り裂く。オットーの確かな一撃を見届け、ユリウスは笑みを浮かべて冥府へと旅立った。

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