第132話朱の白城 其の三
「陛下!殿下!お早く!」
「ヒィ…ヒィ…!」
「そ、そん、なに!急かす、な!」
ダーヴィフェルト王国国王ヴィルヘルム・クント・エン・ダルバ・アジェルヴォルンは運動不足の肉体に鞭打って足を動かしていた。というのも何の前触れもなく現れた謎の戦闘集団が王城に攻め込んできたからだ。
外で戦う敵は亜人ばかりらしいが、その実力は凄まじいの一言に尽きる。一般的な亜人の戦士ならば一対一でも食い下がれるはずの近衛騎士がまるで赤子同然にあしらわれたのだ。城門の側で行われる一方的な戦闘を見てしまった国王は、近衛長とその側近数名に護衛を任せて家族と共に逃亡することを決めた。
一目散に非常時用の秘密の抜け道がある玉座の間へと直行した国王一家と護衛達は、そこで意外な人物と遭遇した。宮廷嫌いの宮廷魔術師、ユーランセンである。
「ユーランセン!?貴様、ここで何をしておる!」
「陛下をお待ち申し上げておりました。この老骨もお力になれれば、と参上した次第でございます。」
「お、おお!見上げた忠誠心よな!ではついて参れ!一刻も早く脱出し、捲土重来の期を伺わねば!」
ユーランセンはこの期に及んで誰もが己の為に動くと思い込んでいる国王を哀れとすら思いながら杖を掲げる。すると闇の鎖としか言いようのない漆黒の鎖が王族とその護衛達に巻きつくではないか。
「な、何のつもりだ!?」
「何時、儂が陛下のお力になると申しましたか?儂が合力したのは…そちらの方々でございます。」
「は…?アンネリーゼ…姫?」
近衛長がどうにか動かせる首を回してユーランセンの視線の先を見る。そこには黒白の鱗を持つ人型の竜を筆頭に、仮面を被った戦士を二十人ばかり引き連れたアンネリーゼ・ダアル・カシュレ・アジェルヴォルン姫その人が立っていた。
彼女は今まで一度も見せたことのない満面の笑みを浮かべている。その魅惑的かつ蠱惑的な美貌は、この異常事態であっても思わず見とれるてしまう程であった。
「ユーランセン、ご苦労様です。」
「何のことは御座いません。儂は待っておっただけでありますれば。」
ユーランセン深々と頭を下げて慇懃な態度を取る。彼にとって価値ある存在とは優れた魔術師であり、尊重するのは己の知らぬ魔術を使う者である。故に彼にとって国王一家と近衛騎士は無価値なのだ。
そんな事情など知らない彼らは混乱の極みのあった。王族弑逆という大それた事件を引き起こしたのが人形のようなアンネリーゼであり、そして彼女に助力しているのが人間や亜人だけでなく竜までいるのだから仕方があるまい。
「あ、ああアンネリーゼ!貴様、育ててやった恩を忘れたか!」
「そ、そうよ!下民の産んだ娘の分際で王女として迎え入れてやったというのに!」
そんな中で真っ先に声を上げたのは国王と王妃であった。しかし彼らが声を出せたのは王としての矜持からといった大層な理由ではなく、単に人の上に立つ事が当然と思っている愚者だからだろう。もし国王がここで義憤に駆られる人物であったなら、アンネリーゼがこうも歪む訳がないのだから。
「…恩ですか?幼い私の全てを奪っておいて良くそんな事が言えますね。化粧と同じ位にお顔の皮も分厚いとは驚きです。」
アンネリーゼの明らかな侮蔑に顔を真っ赤にして怒りに震えている国王夫妻だったが、周囲の反応は異なる。捕らえられている他の王族と近衛騎士は恐怖を顔に張り付けているし、剣闘士達は状況を理解出来ていない二人に呆れている。そしてザインとユーランセンは顔をひきつらせた。アンネリーゼをよく知る二人からすれば、この後どんな凄惨な光景に立ち会わされるか解ったものではないからだ。
だがこれはザインの戦いでもある。予定を変更するわけにも行かず、ザインは溜め息混じりに指示を飛ばした。
「王族の確保は終わった。縄で縛った後は予定通りに待ち伏せろ。」
「あいよ、ボス。」
少数精鋭による王城の占拠はあっさりと完了した。作戦が終わったのは朝日が丁度地平線から朝日が顔を覗かせた時であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます