第133話勇者の選択

 『大鷲の勇者』オットーは三人の仲間と共に南に急いでいた。彼は国王の命令通り、戦場に急行している最中なのである。しかし彼らの顔は決して明るいものでは無かった。

 王国において今でこそ獣人は奴隷としてポピュラーな差別の対象だが、五年前の戦争までは畏怖すべき存在だった。実際、獣人の戦闘能力は高い。騎士の中でも精鋭と呼べる者達が囲んだとしても容易に皆殺しにされると言えばその生物としての格が解るだろう。魔術師がいれば話が変わるが、絶対数の少ない魔術師に頼ってはならないというのがこの世の理であった。

 故に獣人と一対一で勝てる人間の戦士というのは極少数に限られてくる。オットーの知る限りでは自分と仲間であるヤムとユリウスとグルミン、そして『剣王』とザインと剣闘士の上位者位だ。

 近衛長や各地の騎士団長、一部の騎士ならば良い勝負が出来るかも知れないが勝てるとは思えない。それほどに人間と獣人は種としての地力に格差があるのだ。その事実は同時に、勇者という存在の特異性を引き立てる。勇者は数百の獣人を一人で相手が出来るのだから。しかしそれは勇者が居なければ勝利はほぼ不可能ということを意味する。だからこそ、オットーは急いでいた。


 「おい、大将!そろそろ休憩にしよう!」

 「そうですよぅ!もう馬に限界が来てますぅ!」

 「ッ!…そう、だな。」


 しかし馬の体力も無尽蔵ではない。故に適度な休憩が必要だ。だが、少しでも時間が惜しいオットーとしてはここで休む時間ももったいなく感じてしまうのだった。


 「こんな時、グルミンさえ居てくれれば…。」


 実は『魔導車』と呼ばれる魔力を消費して移動する乗り物が二、三年前に開発されており、オットーはまだ数台しか生産されていないそれを所有している。馬よりも断然早いのだが、これから向かうのは戦場だ。少しでも体力を温存するべきであり、そのせいで彼らは馬を使わざるを得なかった。

 だが、もしここに『白炎』グルミンがいれば事情が異なる。彼の持つ白竜の血液を染み込ませた杖は、魔法の威力と同時に魔力の消費効率を飛躍的に高める能力があった。故に彼さえいればもっと早く南進出来たはずなのだ。民と祖国を護ることを誓ったオットーが歯噛みするのも仕方がない。


 「落ち着け。何でも一人で背負い込むな。」

 「そうだぜ?勇者っつっても全部どうにか出来る訳ねぇ。だろ?」


 焦るオットーを窘めるのはユリウスとヤムである。それが彼らの仲間として、そして友人としての役目なのだ。


 「それに何でもオットー様だけで何とかなるなら、私達が居る意味無いですし!」


 そして最後にアイシャが冗談めかして締めくくった。仲間達に諭されてオットーは己の焦りを自覚し、そして反省する。


 「すまない。皆の言う通りだ。…青臭い正義感を捨て切れないのだな、私は。」

 「いいじゃねぇか!『勇者』なんだからよ!」

 「貴様、さっきと言っていることが逆だぞ?」

 「じゃあ少し遅いですがお昼にしましょう。準備しますねぇ。」




 四人は食事を摂って英気を養うと同時に馬の疲労回復を待った。十分な休息をとっていざ出発、と思った矢先に彼らが来た王都方面から何かが急速に迫ってくる。何事かと思ってみれば、それこそ先ほどの話に出てきた『魔導車』である。しかもその車体には近衛隊の紋章が描かれているではないか。


 「おいおい、俺の見間違いか?ありゃあ天下の近衛隊様じゃねぇか!王都を離れたがらん連中がわざわざ出張るってこたぁ…」

 「王都で何かあったのか!?」


 王都の危機。そんな不穏なワードが頭を過ぎる中、魔導車を操縦する近衛騎士はこちらに気付いたらしい。一気に速度を上げて近付いてきた。


 「車上より失礼!『大鷲の勇者』オットー様一行で御座いますか!?」

 「そうだ!前置きは結構!教えてくれ!何があった!?」

 「はっ!王都にて謎の武装集団が王城を占拠!王族の方々は尽く捕らえられ申した!」


 予想以上の事態にオットー達は絶句する他無い。彼らの反応に気を使う余裕のない騎士はさらに続けた。


 「賊の数は百前後!亜人の混成部隊と思われます!」

 「百…?では王都を正面から陥とした訳では無い?」

 「はっ!仰る通りです!」

 「…平民に被害が無かったのが唯一の救いってことか。」


 王城の占拠に王族の捕虜となるなど考え得る限り最悪に近い状況だ。ヤムの言う通り、一般人に何事も無かったのは不幸中の幸いである。


 「勇者様!此度の仕儀、我ら近衛隊の大失態ではありますが、恥を忍んでお願い申す!どうか、どうか陛下を救出して下され!」

 「しかしそれは…。」

 「勇者様が南部へ援軍に向かわれる事は百も承知!しかし既に近衛騎士はほぼ壊滅状態なのです!」


 騎士の話によれば近衛騎士の大半は討ち取られ、残りも虜囚の憂き目に遭っているとの事。彼が自由なのは襲撃があった日にちょうど非番だったからだそうだ。

 近衛隊でも歯が立たないとなると、王都に残る戦力では王城の奪還は難しい。だからと言って王国の象徴たる王城と国王をこのままにしておく訳には行かない。そこでオットーに助力を請いに来たのである。


 「重ねてお願い致します!どうかご決断を!」

 「陛下をお救いせねば…しかし南部の戦況も…」


 南部と王都、どちらも自分が行かねば厳しい状況らしい。ならばどちらを優先するべきか。しかし、悩むのは一瞬の事。『大鷲の勇者』オットーは決断を下した。


 「解った。王都に戻ろう。」

 「おお!ありがとうございます!」

 「そうと決まればさっさと戻ってさっさと助けてさっさと南に行こうぜ。あっちもヤバいんだからな。」

 「ああ!急ぐぞ!」


 そう言うとオットー達は近衛騎士が乗っていた魔導車に乗り込むと急ぎ王都に向かった。しかしオットー達は最後まで気が付かなかった。彼らを迎えに来た人並みの魔力しか無い近衛騎士が膨大な魔力を消費する魔導車を走らせて余裕を見せている事、そしてフルフェイスタイプの兜の下の顔が事に。

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