第130話朱の白城 其の一

 王都ダングルグの中心にそびえ立つ王城・ダングスムルク城は王国の財力と芸術文化、そして建築技術の結晶であった。錬金術によって城の為だけに生産された処女雪の如き純白の石材に華やかなレリーフが施されている。城内は至る所が貴金属で装飾され、名画や高名な彫刻家の作品などがずらりと立ち並び、そして床には柔らかな絨毯が隙間無く敷き詰められていた。

 そんな王城を囲む城壁は研究所の比ではない防衛魔術が幾重にも付与されている。此方は先日のように虫の大群をぶつけても易々と突破出来ないだろう。

 難攻不落の城壁に守られる王城とはいえ、城門に衛兵がいない訳では勿論ない。城門や内部を守護する近衛隊は怠慢どころか王国のどの隊よりも勤勉で、面倒な城門の見張りも無駄口を叩いたりすることは無かった。




 季節は秋、その明け方ともなれば身を切るような寒さに見舞われる日もある。その日の未明はそれこそ真冬のような気温であった。堀の向こう側と城門を繋ぐ跳ね橋の入り口に立つ二人の近衛騎士はそれでも文句の一つもなく職務を全うしている。もうすぐ交代の時間、というタイミングでフード付きローブを羽織った人影が此方に近付いて来た。こんな時間に王城に客が来るなどという話は聞いていない。故に騎士は臆面もなく接近する怪しい人物の行く手を槍を交差させて遮った。


 「待たれよ。ここは至尊たる陛下がおわす場所。如何なる用があって此処に参ったか。」

 「それ相応の理由が無ければ通してくれんのか?」

 「当たり前の事を申すな。不敬罪で捕まりたいのか?」


 声を荒げた近衛騎士の殺気すら含まれている威圧もフードの男には通用しない。身構えることもたじろぐ事もなく悠然と立っているだけだった。逆にそれがこの男の異常性を際立たせる。二人は目配せし合って槍の穂先を男に向けた。


 「怪しい奴だ。取りあえずフードを取れ。拒否すればこの場で取り押さえるぞ。」

 「ほほぅ。思っていた以上に近衛騎士ってのは勤勉だな。そこまで言うなら俺の面ぁ見せてやるよ。」


 そう言うと男はフードを取る。するとその下に隠された人外の凶悪な竜の風貌が露わになった。想像の遙か上を行く事態に騎士達は動揺を露わにしてしまった。


 「なっ!?」

 「遅い。」


 驚愕に動きが止まった隙だらけの騎士二人の喉を凶刃が貫く。断末魔の声を上げることもなく、両名共に崩れ落ちた。騎士の背後から襲いかかり、両手に持った二本の短剣を振って血糊を払ったのは奇妙な仮面を被った男であった。


 「最精鋭っつってもこんなもんか。楽勝だな、ザイン。」

 「油断するな。不意を付いたからこそだろう。」

 「アルの言った通りだぜ。人間のお前さんが同族を舐めちゃあいかん。」


 フードを脱いだザインの後ろから突然百人近い男達が現れる。皆一様に奇妙な仮面を被っているので、その正体が剣闘士であることは本人達以外には解らないだろう。


 「その辺にしてくれ。じゃあアル、頼めるか?」

 「任せろ。…精霊よ。」


 ザインの指示通り、アルは精霊魔術によって堀の水を巻き上げると一瞬で凍結させて氷の橋を作った。これで跳ね橋を内部から下ろす必要は無くなったが、その跳ね橋が行く手を阻む事になる。しかし、彼らにはそんなものは戸板同然であった。


 「ウォラァァァァ!!!」

 

 すると待ってましたと言わんばかりにドワーフ達が氷の橋を渡り、持ち前の剛腕で戦鎚や大斧を跳ね橋に叩きつける。そして瞬く間に魔術によって強化された跳ね橋が、見るも無惨な木屑となり果てた。


 「道は開けた。全員、突撃。」

 「「「行くぞォォォォ!!!」」」


 突撃命令によって剣闘士達は一斉に城壁の内側へと足を踏み入れる。これまで一度たりとも外敵の攻撃を受けた事のない王都ダングルグにおいて、初めて戦場と化したのが王の住まうダングスムルク城であった事は皮肉にしては笑えない事実だった。

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