第126話炎の魔術師 其の三

 魔王軍の第二軍はケグンダート率いる蟲人を筆頭にほとんどが空を飛べる魔族で構成されている。それ故に空を覆い尽くす虫の群のさらに上空から接近出来たのだ。

 ようやく終わったと思ったところで現れた主力に、兵士も錬金術師も絶望していた。さらにあのグルミンすら軍団の先頭で飛んでいるケグンダートに気が付いて顔を歪めている。それが兵士達の恐怖を増幅させていた。


 「貴様、あの時の!」

 「久しいな、魔術師よ。あの時の仲間はいないのか?」


 五年前、ケグンダートは勇者とその仲間四人と互角に渡り合った真性の化け物だ。今は頼れる勇者は居らず、しかも相手は無数の配下を引き連れている。これに勝てると思う方がどうかしているだろう。

 ならばこちらも数で勝負せざるを得まい。グルミンは隣で震えている錬金術師にそっと耳打ちした。


 「時間を稼ぐ。その間に奴隷共と混合獣を解き放ってくれ。」

 「わ、わかりました!ご武運を!」


 返事を待たずにグルミンは炎弾をケグンダートに放つ。何の変哲もない魔術だが、竜血によって威力を増した炎魔術は空中で純白の爆発を起こす。魔族でも無傷では済まない程に強烈な魔術だが、ケグンダートは並の魔族ではなかった。


 「あれを無傷で凌ぐか。流石は魔族と言うべきか、忌々しい。」

 「研鑽を積み重ねるのは魔族とて同じ事よ。」


 ケグンダートは腕の突起を盾に変形させてこれを受け止めた。彼の盾は五年前よりも大きく、堅く、そして軽くなっている。威力の増したグルミンの魔術も彼の鉄壁の防御を突破するのは容易な事ではない。


 「ふん!ならばこれでどうだ!」

 「おお!これは!」

 「炎の付与魔術だ!」


 己の魔術だけで魔族を足止め出来ないと見たグルミンは方針を変えた。それが兵士の強化である。戦闘力の底上げの方が効果的と判断したのだ。

 またもや杖の先端が真紅の光を放つと、グルミンは付与魔術を行使する。付与魔術とは一時的に何らかの効果を装具に加える魔術だ。グルミンの術によって兵士や錬金術師の武器と防具は炎の力を得る。一時的とは言え、魔具で武装した兵士ならば魔族の足止め位ならば可能だろう。

 今出来る万全の体勢を整えたグルミン達であったが、魔王軍は一向に向かってこない。まるで何かを待っているかのようだ。そして嫌な予感とは往々にして当たるものであった。


 「面倒な事を…だが、長々と時間を掛けてくれたお陰でもう我らが手を出す必要すらなくなったぞ。」

 「何?それはどういう…」


 グルミンが問い正す前に突如として研究所が爆発した。驚いて思わず振り返ると、破壊された研究棟の残骸から黒白の何かが飛び出す。それは勿論ザインである。第二軍の連中が派手に陽動している間に、彼は数人を伴って内部に潜入して奴隷兵や混合獣を解放して回っていたのだ。


 「終わったぞ、ケグンダート。研究データの回収と奴隷達は全て解放。俺たちに協力すると言っている。話が解る連中で助かった。」

 「それは行幸。それで賭けはどうだったのだ?」

 「俺の勝ちだ。奴隷の数は全部で五百六十四。」

 「ならば汝に譲ろう。」


 ケグンダートはアッサリと身を引いてザインが前に出る。二人は事前に奴隷の人数が五百以上か否かで賭けをしていたのだ。賭けに勝利したザインはグルミンと戦う権利を得たのである。

 二転三転する状況がさっぱり理解できない人間達は新たに現れた人間と竜を足したような魔族に怯えを隠せずにいた。そんな人間共を睥睨しながら、ザインは独り言と共に魔術を使った。


 「まずは選別だな。」


 彼が使ったのは十八番である重力魔術だ。グルミンの付与魔術によってほぼ全員が立っている事が出来たが、それでも重力が二倍から三倍にまで引き上げられている。普段通りに動ける者は数える位しかいなかった。


 「思ったより多いな。付与魔術の恩恵があるとはいえ、範囲を広げるとどうしても弱まるのは要改善だな。それはともかく…手早く終わらせるか。」

 「そ、それは!?」


 重力魔術は単にザインの魔術の練習に過ぎない。本命の攻撃の為、彼は大きく口を開ける。その中には極限まで圧縮・凝縮された息吹が用意されていた。


 「吹き飛べ。」

 「まずい!防御を!」


 絶対の威力を誇る竜の息吹が、研究所の敷地を舐める。全てを蒸発させる熱量は、ここが研究所だったという痕跡が残る事すら許さない。

 巻き上がった土煙が晴れると、完全な更地となった地面に倒れる人陰が一つだけあった。グルミンである。炎の魔術を得意とし、使用者を守る竜血の魔杖を持つからこそ生き延びることが出来たのだ。しかし、全ての魔力を使い果たしたからか気を失っている。まあ、暴れられると面倒なので好都合なのだが。


 「ケグンダート。こいつは俺に任せてくれるな?」

 「ああ。その男に言いたいことがある者達も多いだろう。も必ず捕らえる。」

 「ああ。感謝祭する。」


 ザインは重力魔術でグルミンを浮かべると、研究所跡を後にした。彼が向かう先は一カ所である。ケグンダートはグルミンが待つであろう悲惨な末路を想像したが、それに対して何の感傷も抱くことは無かった。


 「よし。ここに仮陣地を築く。巨人達を呼びに行け。次の攻撃目標は…ラスラ砦だ。」

 「はっ。」


 第二軍は淡々と職務を果たすそれは着実に征服が進むのと同義であった。

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