第127話幕間 復讐と憎悪と食欲と

 「こ、ここは…?」


 グルミンが目覚めた時、彼の目に映ったのは一枚のドアだった。さらに周囲を見回せばここが見慣れぬ殺風景な部屋だと解る。部屋の構造や雰囲気は普通の農民の家のそれだ。

 最初、彼は誰かに救われたのかと思ったが、身体が縛られていることから甘い考えを捨てた。しかも見たこともない繊維で結われた縄で拘束されている上、首には奴隷化させる魔具が装着されている。そこでグルミンは己が敵の手に落ちたのだと確信した。


 「儂はここまでかもしれんな…。オットー、許せよ。」

 「起きたか。気分はどうだ?」


 グルミンの独り言はドアを開ける軋んだ音に遮られ、彼の意識はドアを開けた男に向かう。その顔は仲間を斬った忘れもしない男にして死んだはずのザイン・リュアスだった。


 「貴様…何故生きている?」

 「それが聞けて安心したよ。やっぱり俺は死んだことになってるみたいだな。」


 グルミンにはザインの言っている意味が解らない。何故死んだフリをする必要があったのか、そして何故彼が拘束された自分の前にいるのか。疑問ばかりのグルミンだったが、彼なりの答えが浮かんできた。


 「もしや魔族に与しているというのか!?」

 「その答えじゃ三十点くらいしかやれんな。まあいい。おい、入ってもいいぞ。」


 ザインの呼び掛けに応えるように、ゾロゾロと部屋に入ってくる者達がいた。彼らはグルミンが守ってきた人間だ。しかし彼らは皆一様に憎悪の炎を目に宿している。純粋な憎悪の籠もった数十の視線は、百戦錬磨のグルミンをして心胆寒からしめた。


 「ここにいるのはな、みんなアンタに、いやアンタとその仲間に恨みを持つ連中だ。」

 「な、何?恨みだと?」


 集まった者達は人間の男女合わせて二十人ほどであった。しかしザインの言葉グルミンは激昂した。


 「嘘を付け!儂等はいつも弱き民の為に戦ってきた!亜人はともかく、人に感謝をされても恨まれることをした覚えは無い!」

 「そう怒鳴るな。恨みの言葉は皆から聞けばいい。ところでここがどこか解るか、『白炎』グルミン・デンファウスト?」

 「な、何を言って」

 「ここはな、マンセル村という。聞き覚えがあるだろう?」


 確かにグルミンはマンセル村を知っている。それどころか立ち寄ったこともあったし、その村がどうなったのかも知っている。村が滅びた場所に居合わせたのだから。


 「知っている!それが何だと言うのだ!儂等はあの村を占領した魔族に鉄槌を下したの…ッ!?」

 「ふざけるな!」


 グルミンの言い分に我慢出来なくなったのか、四十過ぎの男が彼の腹を思い切り蹴飛ばした。魔王領の硬い土と生命力の強い草木を相手に畑仕事を続けてきた彼の脚力はグルミンの骨を容易く砕いた。


 「ルクス様を弑した上に俺たちの村を焼いた奴が何御託並べてやがる!」

 「う…な、に?」


 苦悶に呻きながらうずくまるグルミンの首根っこを掴み上げたザインは、彼の目を覗き込みながら淡々と事実を述べた。それは彼のアイデンティティを揺るがす残酷なものであった。


 「あんた達が殺した竜はな、村の守り神だったのさ。そしてあの村にいたのはな、魔族だけじゃあなかったんだよ。」

 「そんな…バカな…!で、では儂等は…儂は!」

 「俺は目の前で親父を焼かれた。後ろの奴らもそうさ。両親を、兄弟を、友人を、恋人を、夫を、妻を、息子に娘をアンタに焼かれて殺されてる。」


 それだけ言うとザインはグルミンを持つ手を離して後ろに下がる。すると集まっていた男女は示し合わせたようにグルミンを囲み、暴力を振るい始める。絶え間なく続く肉を打つ鈍い音に混じって村人たちの怨嗟の声が部屋に響いた。

 しばらくしてグルミンが半死半生になったことを確認したザインは、皆を制止する。そして再度グルミンを持ち上げて言った。


 「さて、俺はこれから勇者殿を殺しに行く。」

 「ひゃ…ふぁふぇ…」

 「何言ってんのか解んねぇよ。地獄で待つのはアンタか他の奴らか、まあ楽しみにしとけよ。」


 ザインはグルミンを持つ手を放す。重力に引かれて床に落ちたグルミンは椅子に縛られて動かない身体をくねらせていた。それが痛みに耐えているからか、他の理由によるものかは解らないしザインは興味も無かった。


 「ああ、これくらいで死ねると思うなよ?何日か後には俺達が保護した亜人奴隷達が来るんだ。そいつらの恨みも少しは晴らしてやらねぇとな。」


 ついでのように軽い口調でそれだけ言うと、ザインは部屋から出て行くのだった。




 「話は終わりましたかな?」

 「ああ。治療は頼んだぞ。」


 グルミンを監禁している部屋の前で待っていたのは他でもないエルキュールであった。ザインは交渉の末、ある報酬をエサに彼を治療役とする事に成功したのである。


 「何度も言うが、なるべく殺させないでくれ。」

 「わかっておるとも!しかし待ち遠しい!高位魔術師は希少ですからな、我が輩の舌を唸らせてくれること間違いナシですぞ!」

 「ああそうかい。」


 エルキュールは既にして報酬が楽しみなようだ。ザインはこの時だけはエルキュールの道楽に感謝しつつ、戦支度を整えるのだった。

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