第106話人竜の流儀 其の四

 ザインとウンガシュの戦闘を並んで見ていたケグンダートとシャルワズルは、正直なところ生きた心地がしなかった。なぜならザインの想像以上の技量に驚かされたものの、彼がそれを物ともしないウンガシュの防御力に苦戦していたからだ。

 だが、そんな不安を嘲笑うかのようにザインは乾坤一擲の特攻を成功させてウンガシュの身体から核を引きずり出した。ザインも血塗れになっているが、勝者がザインであることは疑い様もない。逆転劇に魔族は沸き立つが、二人はそれよりも最後のザインの攻撃が気になった。それまで歯が立たなかったウンガシュの鉄壁の肉体が、まるでスライムであるかのように易々と腕が突き刺さったのだ。まるで防御など無意味と言わんばかりの一撃は、脅威であると同時に自分たちでも使えるのならば是非習得したいと思える威力であった。


 「うーむ、素晴らしい!流石は我が輩と互角に渡り合っただけのことはありますな!」

 「「こ、公!?」」


 二人の後ろに降って湧いたように現れたのは他でもないエルキュールである。彼は焼いた棒状の芋をモリモリ食べながらこの模擬戦を眺めていたらしい。こんな時でも口を動かしているのはもはや天晴れと言わざるを得ない。


 「…公よ、お聞きしてもよろしいか?」

 「む?いいですぞ。」

 「ザインの最後の突き…その正体についてです。」

 「あれは見事でしたなぁ。素晴らしい魔術のコントロールである。」

 「魔術?」


 ケグンダートとシャルワズルは困惑顔を見合わせる。二人とも魔力に対する感知力は並外れており、何かしていれば解ったはずだ。むしろ彼らの知覚を欺くアンネリーゼの腕前が異常と言うべきだろう。


 「ザイン殿が得意とする重力魔術。それをただ一点に集中させるとどうなるか…解りますかな?」

 「浅学な我らには解りかねます。」

 「全てを吸い込む力場が出来るのですぞ。それこそ我が輩や王妃様は勿論のこと、直撃すれば魔王様の魔術防御を突破して肉体を破壊出来るでしょうな。」


 ザインの魔術の正体は、重力魔術による極小のブラックホールの生成であった。事実、彼はエルキュール対策としてこの魔術を編み出したという経緯がある。魔術によって生み出されたブラックホールはあらゆる物吸い込む。魔力もその例外ではなく、あの術の前にはいかなる堅牢な肉体も防御魔術も無意味なのだ。

 ただ、放っておくと術者の肉体も吸い込むのでコントロール出来なければ最悪死亡してしまう上、魔力を吸い込む性質のせいで術者の魔力も奪われてしまう。生来重力魔術への強い適性を持ち、竜として莫大な魔力を有するザインならではの魔術と言えるだろう。

 難しいことは解らない二人にも、ザインの牙が魔王にも届きうるということは理解出来る。己の血で全身を濡らしている人竜は、実力でも宰相という地位に相応しいというわけだ。


 「フフッ。あの時の子供がここまで強くなって帰ってくるとはな。あんな戦いを見せられると、我も血が疼いてしまう。」

 「ああ。私もザイン、いや宰相殿と一手仕合して貰いたいものだ。」


 好戦的な輝きを湛えた二人の魔将とは対照的に、巨人の魔将ティトラムは純粋に惜しみない賞賛を送っていた。巨人は魔族の中では闘争本能が比較的弱いが、その中でも彼は特に弱い。力比べなどにはまるで興味が無いが故の反応と言えよう。そんな魔将達を後目にエルキュールは未だ見ぬ美食を求めて旅に出るのであった。




 そのころ闘技場では魔王が二人に労いの言葉を掛けていた。二人とは言っても、その片方はもう片方の掌の上に鎮座している。言うまでもなく乗せているのはザインで、乗っているのがウンガシュであった。


 「いやぁ良い試合だったね!二人とも格好良かった!はい、拍手…って言わなくても凄い歓声だねぇ。」


 闘技場は両者を讃える声の嵐が吹き荒れていた。それだけ見応えがあり、且つ彼らの強さに魅せられたということだ。思い通り、いやそれ以上の成果に魔王はニンマリと笑ってウンガシュの核に顔を近づけた。


 「さ・て・と。これでザインちゃんが宰相、つまりは俺達のナンバー2になるってことに納得してくれるよねぇ?」

 「……。」


 ウンガシュは一言も発することは無かった。鼻っ柱をへし折られたばかりなのだから仕方がないだろう。無言が何よりの返事である。


 「うんじゃ、ザインちゃんの計画を聞くとしますか。飯食ったら会議室に集合してね。勿論あの二人も連れて来てね。待ってるよん。」


 それだけ言うと魔王はさっさと転移魔術で消えてしまった。残されたザインは無言でウンガシュの核を物言わぬ彼の肉体に戻した。するとみるみるうちに穴が塞がってすっかり元通りになった。


 「おい。一つだけ聞かせろや。」

 「何だ?」

 「何でワシを殺さんかったんや。最後のごっつい突きでワシの核を壊せばそれで終わりやったやろ。」


 肉体を取り戻したウンガシュの第一声はそれであった。自分が生かされたことがそれほどに不思議だったのだろう。


 「俺は目的のために魔王様の配下になった。配下となったからには魔王様の望みを叶えねばならない。そのためにお前を殺すのは勿体ないと思っただけだ。」


 対するザインの答えは辛辣なものである。裏を返せば利用価値が無ければ殺していたとぬけぬけと言い切ったのだから。


 「チッ…。今回はワシの負けや。それは認めたる。せやけど、次はこうはいかんで。」


 ウンガシュは忌々しげに舌打ちするとそんな捨て台詞を残して闘技場を後にした。遠退く背中に声を掛けるでもなく、ザインも踵を返して入場口へと戻っていく。こうしてザインは名実共に魔族の国の宰相として認められたのであった。

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