第105話人竜の流儀 其の三
空中へ逃げることで難を逃れたザインは、はっきり言って困っていた。
「参ったな。アイツは固すぎる。」
正直、ザインはウンガシュを見くびっていた。昨日の攻防で彼はウンガシュの重量も身体の硬度も身に染みており、それを計算した上で彼奴の重量であれば投げ技数回で身体が砕けると踏んでいたのだ。身体を再生している間にウンガシュの核を奪えばそこで決着が付くという作戦である。
だが蓋を開ければウンガシュの身体は何度投げてもヒビどころか傷すらも付かない。しかも投げ技の欠点まで見破られるという大失態まで犯してしまった。
「賢しらに立ち回ろうとし過ぎたツケが回ったか。」
「慣れないことをするからそうなるのです。貴方は頭は良くても使わずに生きてきたのですから。」
「…ひでぇ。」
ザインの独り言に答えたのはもちろんアンネリーゼである。新たに使い魔としたらしい鳥型の魔獣はザインの肩に留まって彼の鱗をつついている。それに応えるザインはバツの悪そうに頭頂部から伸びる角をシゴいた。
「否定出来ない事を言うなよ。悲しくなるだろ。」
「真面目な話、勝てるのですか?」
「あー…それなんだがな、勝てるっちゃあ勝てるが…」
「殺してしまう、と?」
はっきり言ってザインが勝つ方法はある。単純な話で、ここから最大出力の息吹を浴びせればよいのだ。エルキュールの魔術に一歩及ばなかったのは事実だが、八割の威力でそのエルキュールを半死半生に追い込んだのも確かである。悪魔王の防御を突破可能なザインの息吹ならば、ウンガシュに致命傷を確実に与えられるだろう。
だが、ザインの息吹は馬鹿げた威力であるので晶魔族の唯一の急所である身体の中央にある核を破壊しないように調整することは出来ない。だから困っているのである。
「あの無礼な男は消した所で問題は無いと思いますが。」
「戦力を無為に消費するのは問題だろ。仕方ないな。アレを使うか。」
ザインには近接戦闘用のとっておきが一つだけ残っている。それはエルキュールを仮想敵として編み出した奥の手中の奥の手だ。遠距離に持ち込まれた今となってはもう一度近付くのは非常に困難だが、やるしかあるまい。ザインは翼の力を抜いて自然落下を始めるのだった。
地上からザインを見上げていたウンガシュだったが、遂に敵が降りてきたのを見ていやらしい笑みを浮かべた。最初はこの状況を打開するなにかがあるのかと警戒したが、特別な事をしていた様には見えない。つまり、破れかぶれの特攻だと結論付けた。
「さっさと死ねや!」
ウンガシュはザインが射程圏内に戻って来ると同時に礫の散弾を撃ちまくる。それをザインはランダムに飛行することで回避するのだが、驚いたことに回避しつつ徐々に前に進んで来るではないか。
「的がデカなるだけや!くたばれェ!」
ウンガシュの言う通り、近付けば近付くほどにザインの被弾は多くなっていく。最初は擦過傷ばかりであったが、次第に傷は深く、大きくなって看過できない量の血液が流れ出ている。
それでもザインは止まらない。礫が翼に穴を開け、鱗を貫き肉を抉っても飛翔を止めることは無い。全身が朱に染まり、黒白の鱗が全く見えなくなってようやくザインはウンガシュの懐深くに辿り着いた。
「無駄や!死ねや小僧!」
懐に飛び込んでも、ウンガシュには剣のように変形した腕が残っている。彼は両の腕をザインの肩口を狙って振り下ろす。その刃が通ればザインの身体は三分割されただろう。
「ふぐっ…!っ!」
「こ、このガキ!」
ザインはウンガシュの刃の付け根、つまり肘に当たる部分を翼を広げて押し止めた。ザインの予想外の行動に動揺したウンガシュの意識には隙が生まれる。その致命的な隙こそ、ザインが身を削って得た好機なのだ。
「ぜあああ!」
ザインの攻撃は何の捻りもない諸手貫きである。これまでなら掠り傷どころかザインの爪が砕けるだけであったろう一撃は、どうやってかウンガシュの絶対の防御を誇る肉体に深々と突き刺さった。そしてそのままウンガシュの体内に浮かぶ真紅の核を引きずり出す。ザインの勝利を否定する者は誰一人いなかった。
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