第107話魔軍の策謀 其の一
魔王が召集をかけた会議室とは、城内の一室ではなく別に設えられた離宮であった。そんな場所をわざわざ造った理由は、大き過ぎて城の中に入れない巨人ティトラムの為である。
魔王城で昼食を済ませたザインは、ギドンとフューを連れて城の使用人の悪魔の先導で会議室に向かっていた。目の前の悪魔も家令と同様に受肉していない悪魔であるが、こちらも油断ならぬ実力を秘めているようだ。こんな者達が単なる雑用なのだから、もし此処まで攻め入る輩がいたとしてもあっさりと返り討ちになること請け合いだ。
「おお、宰相殿と客人方がいらしたか。」
「今まで通りザインで良いですよ、ケグンダートさん。役職で呼ばれると…なんだかむず痒いですから。」
「そうか?では汝も我に敬語は不要だ。今や汝の方が地位は上なのだ。」
「わか…った。改めてこれから宜しく頼む、ケグンダート。」
会議室には既にウンガシュを除く三人の魔将が揃っていた。ケグンダートとシャルワズルはともかく、ティトラムとは実質的にこれが初めての顔合わせとなる。
「改めて名乗らせて欲しい。俺はザイン・ルクス・リュアスだ。先程の協力に礼を言わせてくれ。」
「オイラはティトラムって言うだよ。昨日はウチに来てくれたってのに悪かっただな。あれから母ちゃんに怒られちまっただよ。わはははは。」
のんびりと間延びした笑い声をあげながら、ティトラムは右手の拳を差し出した。これは巨人族の挨拶だそうだ。数百倍はあるであろう巨拳に、ザインも己の拳を当てる。これで正式にティトラムとザインは友になったのである。
ギドンとフューも魔将達と言葉を交わしている。互いが互いの事を大体弁えたタイミングを見計らったかのように会議室の扉が勢いよく開かれ、魔王セイツェルがやってきた。
「おいーっす。あれ?ウーちゃんいないけどまあいいや。始めよっか。」
魔王の入室と共に雑談に花を咲かせていた六人は押し黙って各々に与えられた椅子に座る。上座の最も魔王のセンスで装飾された椅子にドカッと座った魔王は早速本題に入った。
「さぁてさてさて…ザインちゃん、人間の王国を滅ぼして俺のモノにする計画ってのを一からじっくり聞かせて貰おっか?」
「わかりました。ではその前に、俺の協力者を紹介させてもらいます。アンネリーゼ。」
そう言うとザインの翼の陰に隠れていた一羽の鳥の魔獣が会議室の机に降り立った。アンネリーゼの使い魔である。机の上の鳥は翼を広げると、まるで人間の如く優雅に一礼した。
「初めまして魔王セイツェル陛下。そして魔将と使者の皆様。アンネリーゼ・ダアル・カシュレ・アジェルヴォルンと申します。そこのザインの眼となり耳となって王国の情勢を調べておりますわ。どうぞお見知り置きを。」
「お?皆気付いて無かったんだねぇ。いやはや人間とは思えない見事な腕前じゃん。悪魔には通用しないけど。」
魔王の指摘通り、ザインと悪魔以外の誰も彼女の使い魔に気付いた者はいなかった。この場に集まった者の中で一番複雑そうにしているのはギドンである。グリフォンの巣で出会った時からこの瞬間まで気付けなかったのだから当然の反応だろう。
「私は使い魔を色々な場所に送って情報を集めております。その情報によると、大陸南部の獣人はいつ激発してもおかしく無い所まで来ておりますわ。」
「今から獣人を抑えるには時間が足りない。ならば些か性急ではあるが、それに合わせるように我々が動く必要がある。」
「具体的には?」
「これを見て欲しい。」
ザインは机の上に一枚の地図を広げた。それは魔王領を除くイーフェルン大陸の全体図である。アンネリーゼが各地に放った使い魔を上空に飛ばして調べ上げ、彼女の指示通りにザインが記した世界で最も詳細な地図だった。魔王領だけ抜けているのは単にまだ調査が足りていないからである。
「獣人、エルフ、ドワーフ、そして魔族。俺の策はこれら王国を包囲する勢力が手を結び、攻めてくるかもしれないと思わせることが前提条件だ。」
「我々に話していた兵力の分散だな?だが、その思わせるというのはどういうことだ?」
「ああ。獣人が暴れ出す寸前の今、計画に修正を加える。」
そう言ってザインはチェスの白い駒を地図上に置いていく。キングとクイーンは王都に、ポーンは人間の主要都市に、ナイトは獣人の支配領域に、ビショップはグ・ヤー大森林に、そしてドワーフはキフデス山脈に設置された。これが魔族にとって初となる軍議であることにまで気が回る者は、上座でにやけている魔王以外には居ないのだった。
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