第97話怠惰の魔王 其の二

 ザイン達一行はどうにか魔王の城までたどり着いた。道中、ワイバーンに襲われたりそのワイバーンを食らう肉食植物が森の中から飛び出してきたりとアクシデントがあったものの誰一人欠けることなく到着した。


 「さあて、鬼が出るか蛇が出るか。楽しみじゃのう。」

 「出てくるのは悪魔の魔王ですよ。」

 「ガッハッハ!そう言やそうじゃったな!」


 二人の漫才に反応した訳ではないだろうが、衛兵もいない城門がひとりでに開く。システムは違っても自動で開く扉に見覚えがある三人はこの程度で気圧されることは無かった。

 城門が開くと城内に続く道の両端に全身鎧を纏ったゴーレムが立ち並び、その先頭にはそれらを従えるような一体の異形が立っていた。それは四本のねじ曲がった角を持つ二足歩行の山羊である。ただ、山羊の獣人だと勘違いする者は一人もいない。その口には草食では決して有り得ない牙が覗き、背には蝙蝠の如き翼が生え、さらに先端が三又に分かれた尻尾を有する絵に描いたような悪魔であったからだ。


 「お待ちしておりました。ザイン・ルクス・リュアス様、ギドン・ゴ様、フュー・ルト・ギヴ様。我が王はあなた方を歓迎すると申しております。」

 「お出迎え傷み入る。ええと…」

 「私はただの家令に御座います。ご客人に名乗る程の者では御座いません。」

 「ただの家令、のう。」


 目の前の悪魔は謙遜しているが、三人とも言葉通りに受け取ることは出来ない。この悪魔から感じられる力は並大抵のものではないからだ。巧妙に隠していてもザインは優れた知覚で、ギドンは豊富な経験で、そしてフューは精霊の警告でその実力を察していた。


 「そろそろ参りましょう。魔王様はそれはもう首を長くしてお待ちですので。」

 「わかった。行こう。」


 ブケファラスとアメシスを城内の庭に待機させ、一行は何事もなく入城した。魔王城の内部はザインには到底理解できない奇妙にして奇天烈な内装である。禍々しいと言えばその通りだが、どこか剽軽さも感じられるデザインだ。今にも動き出しそうな男の彫像もあれば極限までデフォルメされた前衛芸術的な裸婦画まで一貫性も全くない。混沌とした空間であった。


 「なんというか…独特の感性の持ち主のようだな、魔王様は。」

 「この城を彩る美術品は一部を除いて魔王様の作品。ザイン様にお褒めいただき、我が王も鼻が高いでしょう。」


 褒めたつもりでは無かったのだが、それを言うわけには行かない。これ以上余計な事を口走って藪をつついて蛇を出すことになるかもしれない。同じ結論に達した三人は押し黙って悪魔の後ろについて歩き続けた。




 奇怪な作品群の並ぶ廊下を抜けると、巨大な扉が待ち構えていた。それを言い表すならば差し詰め地獄の門だろう。扉には人間らしきモノを弄ぶ悪魔の、枠にはそれを眺めて悦に浸る悪魔のレリーフが刻まれている。ただ、枠の頂点に居座る悪魔だけは寝転がって暢気に大欠伸をかいているのが印象的だ。

 何とも緊張感の無いデザインだがケグンダート達の情報から察するにアレが魔王を表しているのかもしれない。それをじっと見つめていると、ザインの視線に気付いたのか、そのレリーフの悪魔は欠伸をやめてニヤリと笑った。


 「ッ!?」


 声にならない驚きをかみ殺すザインを嘲笑うかのように扉が自動で開いた。扉の内部はザインが騎士に任命された謁見の間と似たような構造だが、こちらの方が断然広い。さらに廊下と同種の、しかし圧倒的に大きな八体の彫像が独特の威圧感を放ってくる。しかし、そんな彫像も玉座の間で彼らを待ち受ける魔族に比べれば存在感は希薄であった。

 玉座まで真っ直ぐ続く赤い絨毯の左右に並ぶ魔族達は一人一人が強大な力を感じさせる化け物だ。流石にザインと肩を並べる者はケグンダートとシャルワズルだけだったが、普通の人間では何人いようが抑えることすら困難を極めるだろう。魔王は優秀な配下を数多く抱えているようだ。

 だが、並び立つ猛者達も玉座に収まる魔王の前には霞んで見える。外見ははっきり言って貧弱だ。黒と赤を基調とした鎧と巨大な宝石を戴く王笏は立派だが、腕は細いし身体の厚みも無い。顔はいわゆるビジュアル系で、人間の女性ならば黄色い声を上げる端正な顔立ち。総評すると王というよりは気障な二枚目俳優のような印象を抱かせた。

 しかし、漂う王者の覇気と側頭部から生える漆黒の角から漏れ出る魔力は尋常では無い。常人では発狂しかねない濃度の魔力を前にして、怯懦を見せないギドンとフューの二人をザインは心から賞賛していた。魔王と敵対した場合、逃げるだけなら出来なくは無いザインとは異なり、二人は為すすべもなく殺されるだろう。必死に抵抗したところで並み居る魔族を一人道連れに出来るかも怪しい。それでも次元の違う強者への恐怖に打ち勝てるのは、偏に己の一族の誇りを汚さぬためだろう。


 「よし、行くか。」


 だからこそザインは普段通りに傲慢なほどに堂々と前を向いて歩き出した。

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