第96話怠惰の魔王 其の一

 宴の翌朝、身支度を整えた一行は早速魔王の城に向かって出発した。ケグンダートとシャルワズルは既にエルキュールの瞬間移動魔術によって城に先行しているので、その面子はブケファラスに乗る三人と後ろに続くアメシスという組み合せであった。

 ザインがいつものようにブケファラスの背に乗っていると、彼に向かって飛んでくる一羽の小鳥が目に入った。躊躇うことなくザインの肩に留まったその小鳥の正体を、彼は即座に看破する。


 「それが新しい使い魔か?随分と可愛らしくなったもんだ。」

 「あら?私の本体の方が可愛いと思いますけれど。」

 「…自分で言うのか。否定もしないがな。」


 これまで毎日のように聞いてきたアンネリーゼの憎まれ口も久々だと懐かしい気がする。それというのもこれまで連絡に使っていた使い魔はアメシスの教育用に使われていてザインの元にはいない。しかもアンネリーゼは今の今までアメシスに付きっきりでザインが彼女の声を聞くのは五日ぶりであった。


 「へぇ?淑女に対して気の利いたことが少しは言えるようになったのですね。」

 「お褒めに与り光栄だ。早速だが、王国に何か動きはあったか?」

 「もちろんです。悪いニュースとさらに悪いニュースがありますが、どちらから聞きたいですか?」

 「良いニュースは無いのか…じゃあ悪い方からで。」


 お約束の質問ではあるが、よりマシな方から聞くことにした。その返答を予期していたアンネリーゼは相槌を打ってから語った。


 「ではそちらから。国王はアメシスの一件で激怒。警備はさらに厳重になり、その中には『白炎』も含まれます。竜を狩った実績を買われてですね。」

 「何?どこから情報が漏れた?」

 「あの師匠風の男…ああ、私が廃人にしてしまった方ですが、あの後譫言のように言っていたらしいのですよ。『竜がいた』と。」


 ザインは生き残りの始末を完全に忘れていたあの時の自分を殴ってやりたい気持ちになっていた。ザインや竜の存在を警戒させるのは都合が悪い。すぐに問題が生じるとは思えないが、それでも出来る限り情報は秘匿しておくべきだったのだ。


 「それは貴方のことかアメシスのことか、それとも両方のことか。詳細はわかりませんが、王都で治癒魔術の使い手が治療中です。まあ、彼の精神はこの私が徹底的に壊したので回復は不可能でしょうが。」


 普段のザインなら、最後にさり気なくした自慢にツッコミを入れるところだ。しかし己の失態を認めざるを得ない今の彼に言い返す気力は無かった。それ故に彼は話題を切り替えることにした。


 「それで、さらに悪いニュースってのは?」

 「獣人が復讐戦を挑むつもりのようです。」

 「何!?」


 ザインは動揺して大声を上げてしまう。ブケファラスも心配そうに此方を見上げてしまう。相棒の不安げな表情によって逆に落ち着いたザインはその詳細について尋ねた。


 「一から説明してくれるな?」

 「そう来ると思っていましたよ。順に説明させて貰います。少々長くなりますよ?」


 アンネリーゼの確認に、ザインは無言で先を促す。


 「そもそもの始まりは数日前に貴方が解放した獣人たちが故郷に帰還したことが始まりなのです。王国との戦争後、パシャール・グネは同族を解放するべく軍備を整えていました。そして戦前ほどではありませんが、軍団と言うのに最低限の質と数を揃えることに成功していたようです。」

 「つまり戦力的には五年前に劣るってことだな?」

 「ええ。そんなとき、貴方が解放した獣人奴隷たちがそれぞれの部族に帰還しました。そこで知ったのですよ。家族が、仲間が、あるいは恋人がどのように扱われているかを。」


 それを知った獣人は激昂して進軍しようとしている、ということだろう。感情を優先させやすい獣人の悪い所が最悪の形で出たようだ。


 「ただ、狼の獣人ムジク・ラクがザインのことを待つように説得して回ることで押さえ込んでいまあいた。まあ、徒労に終わったのですがね。」

 「急がねぇと死なずに済む獣人がバタバタ死ぬだろうな。それもひっくるめてあの城の主人にはどうあっても腰を上げてもらうぞ。」


 ザインはようやく見えてきた天高く聳える名も知らぬ山の山頂に座する魔王の居城を決意を露わにしっかりと見据えるのだった。

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