第95話青海の魔将 其の三
その夜、海魔族が満を持して用意した海鮮による豪華な宴が催された。海魔族はこれまで獲物を生のまま食していたのだが、最近では煮込み料理や鍋料理のような凝ったものまで生まれていた。これも人間を受け入れた成果と言えるだろう。
大小様々な魚だけでなく、海藻類や貝類など近海で採れるあらゆる魚介がふんだんに集められた立食パーティーの主賓はザイン達のはずなのだが、最も楽しんでいるのはエルキュールであった。質の悪いことに一々料理の味についてリアクションを取るので、流石の海魔といっても少々辟易しているようだった。
そんな中でザインはシャルワズルに呼び出され、二人きりで会談の席に付いていた。ケグンダートは誰にも聞かれないように周囲の警戒に当たっている。二人の魔将が警戒しているという事実に、ザインは普段にも増して集中してシャルワズルが口を開くのを待った。
「ザインよ、せっかくの宴に水を差すようなことをしてすまない。」
「いや、構わない。」
先程まで大声で豪快に笑っていたシャルワズルはそこにはいない。ザインの前に立つのは一族の今後を背負う族長である。彼の豹変ぶりに驚きつつも、それだけ重要な話題であるのだとザインは気を引き締めた。
「それで、話とは?」
「私の話とは君が持ってきた人間との戦争についてのことだ。」
「そうだろうな。」
「正直、魔王様が参戦なさるのならば全く心配は要らない。勝った後のことだけ考えていれば良いだろう。」
「は?」
思わず出てしまったザインの疑問にシャルワズルは深く頷いた。ザインはシャルワズルの口から出た予想の斜め上を行く言葉に困惑する。まるで魔王一人でどうとでもなるような発言だからだ。
「当代の魔王様はそれほどに強い。それこそ我ら魔王軍が全軍を以てしても勝ち筋すらないほどに。」
「エルキュールも悪魔王だろう?アイツですら足元にも届かないのか?」
シャルワズルは神妙な顔で即座に首肯した。どうやら魔王はザインであっても虫ケラのように踏み潰せるようだ。しかしながら、シャルワズルの様子には楽観的な雰囲気は皆無である。
「だがな、問題はあの方は極端に…その、マイペースなのだ。故に君に協力すると言ったとしても玉体をお運びになるとは思えない。」
つまり、彼が言いたいのは魔王はとてつもなく強いが戦争で自ら手を下すことは考えにくいので当てにしないで欲しい、ということだ。人間の社会で生きてきたザインからすれば王が理由無く戦場の最前線に赴く事の方が有り得ないので、魔王が参戦しないことに不満は無い。
「しかも戦時には軍団を与えられた魔将に指揮権が一任される。私やケグンダートのような魔将は魔王様のお手を煩わせない為に任命されたと言っても過言ではないのだ。」
「ここまで聞いた中に大した問題は無いように思えるが…?」
「そう。問題はここからだ。」
シャルワズルは疲れたように溜め息をつくと、声を低くして魔王軍の問題点を詳らかに語り出した。
「言い方を変えれば、魔将の胸先三寸で戦場が地獄と化す可能性がある、ということだ。」
「…無駄に殺したがる血の気の多い連中がいる、と?」
「その通り。魔将は単純な強さだけで選ばれた四人の魔族。それ故に気性や性格などは埒外なのだ。『強者に従う』という魔族の本能からは逃れられん。海魔族の私、蟲人族のケグンダート、そして巨人族のティトラムは無駄な流血を好まない。まあ、我らの方が異端なのかもしれんが…それは今は置いておこう。問題は最後の一人。彼を御さねば魔王軍とは狂暴な殺戮者でしかないのだ。」
不要な殺戮を好むということは例えば投降した者や非戦闘員にも危害を加えることになりかねない。勇者への復讐と王国の崩壊こそ、ザインとアンネリーゼの望み。しかし理不尽に家族を奪われた二人は単なる民衆を巻き込むつもりは毛頭無い。その魔将はどうあっても制御せねばなるまい。
「そいつの名は?」
「晶魔族のウンガシュ。四人の魔将の中でも最強と目される男だ。」
魔王領に入ってすぐに新たな協力者を得られた反面、ここでも一悶着あるようだ。トラブルから逃れられない星の元に生まれたらしいザインは、忌々しげに舌打ちすることしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます