第94話青海の魔将 其の二

 海魔とは海では最強の魔族である。海中と海辺に独自の集落を成し、凶暴な魔獣を狩って糧を得る狩猟の民だ。水と雷の魔術を自在に使いこなし、さらに毒針や硬質な鱗など生来の屈強な肉体を持つ彼らは、水中はもちろんのこと地上でも高い戦闘力を誇る戦闘民族という側面をも持ち合わせていた。

 あらゆる魔族が一目置く彼ら海魔は、強者の余裕からか非常に大らかである。弱肉強食が常である魔王領において、道理が通っていればどんな弱者にも手を差し伸べ、命を賭して戦うことも厭わない勇敢なる種族であった。


 「ワッハッハ!よく来た!私が魔王様より魔将の地位を頂いたシャルワズルである!気軽にシャルと呼んでくれ!」


 海魔の外見は緑掛かった青の鱗が全身を包んだ人型で、前腕や背中、そして耳の辺りに棘付きの鰭があった。手足の生えた魚というよりも魚類の能力を得た人間のような見た目だ。衣服と呼べる物は腰巻きや胸のサラシのみで、成人の男は例外なく銛を担いでいる。

 そんな海魔の長であるシャルワズルはとにかく暑苦しい男であった。他よりも身体が一回り大きい上に筋骨隆々で、鱗に覆われた肌には数え切れない傷跡が刻まれていた。数々の修羅場をくぐり抜けて来た歴戦の戦士であることは疑いようも無い。仲良くなれそうな相手ではあるのだが、声が大きいのは少々鬱陶しい。ケグンダートに聞けばそれがデフォなのだそうで、正直彼も疲れることがあるという。


 「ザイン・ルクス・リュアスだ。歓迎に感謝する、シャルワズル殿。」

 「シャルでいいぞ!ザイン!久々の客人、しかも外界からの珍客!今日は盛大に宴会を開こうぞ!」

 「「「うおおおおおおおお!」」」


 …どうやら暑苦しい上に馴れ馴れしいのは海魔という種族で共通らしい。それからザイン達外界からやってきた者達は海魔に囲まれて質問攻めに辟易することになった。




 宴の為に主だった戦士が漁に出た後、ザインはケグンダートの立ち会いの元でシャルワズルに来訪の目的を詳しく正直に話した。竪穴式住居の囲炉裏を囲んでの会談で、彼は的確な質問を交えつつザインの話を最後まで聞いた後で膝を叩いて快活に笑った。


 「ワッハッハ!面白い!人間との戦争ならば魔王様の退屈も紛れよう!謁見の際は私も味方につこうではないか!」

 「ありがとう。心強いぞ、シャル。」

 「うむ。汝ならそう言ってくれると思っていた。」

 「話の解る相手で良かったわい。」

 「何、私も考えあってのこと!気にする必要など無いぞ!ワッハッハ!お!そろそろ煮えたか!」


 そう言ってシャルワズルは囲炉裏に掛けてあった鍋の中身を手ずから椀に注いでいく。マンセル村の住民が料理の概念を魔王領に伝えたことで、海魔も金湯と呼ばれる魚介の出汁を茶のように飲むようになった。様々な海藻や魚介から出た旨味が凝縮した温かい黄金の出汁は、魔術などに頼らずとも旅の疲れを癒やす力を持っている。


 「どうだ!旨いだろう!」

 「ああ。落ち着くよ。」

 「ふむ。やはり魚介の調理に関しては海魔族に一日の長がありますな。」

 「「「うおおおおお!?」」」


 いつの間にかしれっと囲炉裏を囲う輪に入っていたエルキュールに、ケグンダートとシャルワズルすら動揺して大声を出してしまう。周囲の混乱など素知らぬ顔で、彼は金湯を旨そうに啜っている。ザインは警戒心を露わに口火を切った。


 「おいアンタ、何しに来た?また俺を喰おうってんじゃないだろうな。」

 「いやはや、嫌われているようで我が輩ショックですぞ。…おお!お初にお目にかかる。我が輩、エルキュールと申しまして魔王様の相談役を務めております。」

 「お、おう。ギドン・ゴじゃ。」

 「…フュー・ルト・ギヴと言います。最近自己紹介ばかりな気が…。」


 顔合わせ、といって良いのかわからないものが終わるとケグンダートがその場を代表してエルキュールに来訪の真意を問うた。


 「公よ。何故ここに?」

 「単純明快な事。我が輩、美食の気配に敏感でしてな。ここで宴が催されることを察知したのだよ。」

 「…誰が信じるか、そんなもん。」

 「ハァ…。我が輩の高尚なジョークを誰も解さないとは嘆かわしい。」


 エルキュールの冗談めかした返答をそのまま信じる者など誰もいない。むしろザイン達の不信感を煽っただけである。自分が《スベった》ことを残念に思いながらも、エルキュールは今度こそ正直に述べた。


 「魔王様がザイン君にお会いしたいと申しておるのですよ。そこで我が輩が遣わされた、という寸法ですな。」

 「アンタが単なるメッセンジャーに甘んじるとは到底思えないな。」

 「そこはそれ、海魔族の気性から必ず貴殿等を歓迎すると愚考しましてな。そのご相伴に与ろうかと。」

 「…意地汚いと思わないのか?」

 「美食の探求には多少の押しの強さは必要不可欠なのですよ。」

 「おお!公もいらっしゃるか!宴は賑やかな方が良いですからな!ワッハッハッハッハ!」


 豪快に笑うシャルワズル以外の全員から白い目を向けられるエルキュールは、図々しいことに自分で二杯目の金湯を注いで飲んでいた。

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