第86話死の竜 其の二

 錬金術師達は突如として竜の形をとったソレに驚愕と共に困惑していたが、すぐにこれは好機であると捉えた。何が原因か彼らには見当もつかないが、それは後から検証すれば良い。今は一刻も早く思わぬ所で誕生した生物兵器を捕獲することが最優先なのだ。

 それも見た目は生物の頂点たる竜の姿をしているのだから、彼らの期待は天井知らずであった。これが錬金術師にとってどれほどの喜びであったか、そして同じモノを再現することがどれほどやりがいのある研究であるか。とても文字で表現することなど出来はしない程だったろう。だが、彼らのその甘い認識は物理的に改めさせられた。


 「ギャオオオオオオオオ!!」

 「うぶぅ!」

 「マルセル!?」


 竜モドキは弟子達の内、最も近くにいた一人に目にも留まらぬ速度で食らいついた。依り代となった廃棄物は、元を正せば凶暴な魔獣や亜人である。故に竜モドキはドロドロの肉体にあるまじき鋭利な爪牙を有していた。錬金術師は咄嗟に防御魔術を使ったものの、そのマニュアル通りの対応を嘲笑うかのように竜モドキはバリバリと音を立てて骨ごと咀嚼し、飲み込んで己の血肉に取り込んでしまう。


 「師匠!コイツ、まさかマルセルの魔力をも!?」

 「竜は喰らった相手の魂魄を吸収し、己が力と為すと聞くが…真実であったかよ。」

 「ひっ!ヒィィィィ!」

 「ゴボッ…し、ししょ…たすけ…。」


 錬金術師の心中は複雑であった。一人また一人と手塩にかけて育てた弟子を奪われたことに対する怒りと悲しみは確かにある。だがそれと同じ位に彼の知的好奇心は刺激されていた。

 後ろ髪引かれる思いはあるが、頭の中の冷静な部分が流石に危険過ぎると判断を下す。錬金術師は速やかに撤退を命じようとしたが、彼はその声を上げることは出来なかった。


 「お、重!?」

 「魔術!?それも何という力か!」


 錬金術師達を地面に這いつくばらせたのは、ご存知の通りザインの重力魔術だ。竜モドキですら身じろぎ一つ出来なくなる彼の魔術に抵抗出来る人間など数えるほどしかいない。もちろんここにいる錬金術師がそのごく少数に含まれている筈もなく、雁首そろえて地面に押し付けられた。


 「あぁ…。これが怒りの極致ってやつか…。沸騰してた頭の中が一気に冷えたぞ。なあ、おい。」


 擬似表皮を破り捨て、真の姿を晒すザインに錬金術師達は恐怖した。仲間を二人も喰らった相手と同じ竜の近親種と思われる未知の存在が背後から現れたのだから当然だろう。挟撃されたと思った若い徒弟は半狂乱して泣き叫んでいる。

 しかし師匠と呼ばれた老人とその一番弟子は流石に冷静さを失っておらず、ザインが竜モドキと繋がりが無いことを確信していた。あの化け物も魔術で取り押さえていることからもそれは明白だ。そして人語を解するならば十分に交渉の余地はある。そう考えるのも致し方ないのだが、彼らにとって最大の不運は相手が悪かったことだろう。


 「魔、術をっ!解いっ、てくれぇ!身体が、ッ!潰れる…!」

 「…。」


 ザインは重力魔術で数百キロの重さになっている最も高齢な師匠と呼ばれた男の喉をむんずと掴むと、目線が合う位置まで持ち上げた。


 「ぐっ…な、何をッする!」

 「必要な情報を貰おうか…アンリ。」

 「少々お待ちを。」


 ザインの頭に合ったのは彼らから必要な情報を抜き取ることのみであった。それも尋問などによってではなく、アンネリーゼの精神干渉魔術を使って直接記憶を引きずり出すのだ。

 ただ、使い魔越しに魔術を使うのは非常に難しい。しかもアンネリーゼが行使せんとするのはほんの少しの失敗が相手を廃人にしかねない精神干渉魔術。彼女の腕前でも発動させるだけであろうと相当の集中が必要なのだ。


 「貴方の記憶、いただきますね?」

 「あ?あぎゃああああああああ!?」


 ザインの耳から錬金術師の額に飛び移った彼女の小さな使い魔が、魔術によって彼の記憶を抜き取っていく。ザインに使った時のように微調整出来ないので、錬金術師は今、頭の裏側を掻き毟られる激痛に苛まれているはずだ。


 「ふぅ、終わりましたよ。後で要点を整理してご説明します。」

 「ああ。頼む。」


 今の今まで絶叫していた老人は、糸が切れた人形のように力が抜けていた。白目を向いて口からは泡を吹き、失禁したのか下半身の辺りが湿り出した。完全に廃人となってしまったらしい。

 ザインは表情一つ変えずにアンネリーゼの使い魔が己の耳元に戻ると同時に錬金術師から手を離してその辺に打ち捨てた。眼前で繰り広げられる信じられない光景に絶句していた弟子達は、ザインの次の標的が自分達であることを悟り、恐怖に身を震わせるばかりであった。

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