第85話死の竜 其の一
その日、王立錬金術研究所から失敗した被検体を廃棄に来たのは師匠格の錬金術とその弟子数人であった。失敗作の処分など雑用の極みであり、だれもやりたくない。しかし知識のない兵士に処理を任せる訳にも行かず、仕方なしに師匠たちがローテーションを組んで順繰りに弟子と共に担当することにしていた。
「まったく、ここはいつ来てもひどい臭いですね、師匠。」
「言うでない。死肉の経過観察も重要なことじゃ。確かに儂もこの臭いはいささか苦手じゃが…。」
「確かここには十年くらい前まで竜が住んでいたのですよね。」
「そうらしいの。勇者様とそのお仲間が討伐されたと聞く。」
師匠とその一番弟子が他愛ない話をしている間に、他の弟子達は荷台に載せていた蠢く肉塊を引きずり降ろした。地面に落ちたと同時にベシャリと湿った音と共に濁った紫色の液体がジクジクと流れ出してくる。
「師匠、この被検体は例の?」
「おお、そうじゃとも。『同時融合最大数超過実験』の成れの果てよ。」
王立錬金術研究所は投じた巨額の研究費に応じた一定の成果を挙げている。具体例を挙げると魔獣や亜人、人間を融合させる場合の相性の把握や安定して融合させつつ生まれた融合獣を服従させる手段の確立だ。
これによって素材の調達さえあれば安定して死を恐れぬ尖兵を生み出すことが可能になったが、一つの壁に直面してしまう。それはどのような組み合わせであっても、安定して融合させられるのは三体までであるということだ。四体以上の融合は悉く失敗し、融合獣同士を掛け合わせるとその時点で肉塊になり果ててしまう。
そこで錬金術師達は発想を転換させることにした。これまで彼らは強力な個体同士の融合を目指していたが、それこそが問題であると考えたのだ。故に今度は矮小で捕縛も簡単な魔獣や獣を大量に融合させ始めた。その実験体第一号が今回の廃棄物である。
「師匠、実験は成功と言っていいのでしょうか。」
「半々と言ったところかのぅ。これまでいかなる組み合わせでも四体以上の融合は行った時点で素体は死亡した。じゃが、これは原型こそ留めておらぬがまだ生きてはおる。何をしても反応は見せなんだが、な。」
「失敗作に違いは無い、しかし成功例でもある、ということですね。」
「うむ。これからは同じ素材を使った様々な条件下での実験が始まる。お主も次回からは実験に関わることになっておる。期待しておるぞ?」
「本当ですか!微力ながら全身全霊を以てあたらせて頂きます!」
二人が先のことを話している間にも、他の弟子達は粛々と処理を進めていた。錬金術師とはこういう時も実験したくなるものらしい。彼らは処分のために新作の薬品を掛けた。見る見るうちに廃棄物は黒がかった煙を上げて小さくなっていく。
元々、この失敗作は生きているだけで痛覚などの五感は無いことは反応実験で把握している。また、口に該当する部位は無いので呻き声も上がらない。何の抵抗も無いまま処分は終了した、と思われた。
「し、師匠!?これは!?」
「何じゃと!」
しかし、この時誰にも想像出来なかった現象が起こる。彼らも知っての通り、ここはかつて白竜ルクスが殺害された場所だ。故にその時に飛び散った血液が岩肌や地面に染み込んでいる。その血液は微量ながら未だに魔力を宿しており、周囲の腐肉とは違って生きていると言ってもいい。そして付近にはその血液の持ち主に限り無く近いザインから怒りによって漏れ出した魔力が呼び水となり、血液は本来の役割である外傷の治癒を開始する。
しかし、本来の肉体は既に失われているので代わりに周囲の死肉を巻き込み、それは竜の姿を象った。様々な偶然が重なった結果、後に告死竜と呼ばれる唯一無二の人造竜が誕生したのである。
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