第84話故郷の変貌 其の六
右手を鮮血で紅く染めたザインは昔と変わらない洞窟を奥へ奥へと進んでいった。少年だった頃と同じ岩肌の薄暗い通路には、あの頃は無かった耐え難い腐臭が充満している。徐々に強くなる肺腑を腐らせんばかりの臭いに比例して、ザインの中で荒れ狂う殺意もまた大きく燃え上がっていた。
ザイン本人は自覚していないが、彼の中でマンセル村とルクスの記憶は神聖なものとなっていることをアンネリーゼは知っている。故に怒りと悲しみ、その他の感情がない交ぜになった彼の心中を察することは、いかに精神干渉魔術の使い手でも出来ないのだ。しかし、アンネリーゼにはどうしても聞いておきたい事があった。その答え如何によってはザインとは距離を置くべきだと考えたからである。
「ザイン、二つお聞きしても?」
「何だ?」
「まずは一つ。何故片方の兵士を殺さなかったのですか?」
ザインは見張りの片方は腹部を裂いて惨殺したにもかかわらず、もう片方は逃げられないように脚を折っただけで済ませている。それが単なる気まぐれではないことは明白だ。
「別に俺は殺したがりじゃない。分別のある者を殺す必要は無いだけだ。」
「安心しました。どうやらまだマトモなようですね。」
「ふん、マトモなら復讐のために一国を潰そうなどと考えんさ。それはともかく、ここを汚した者共を俺は許さん。この奥にいる連中は皆殺しだ。」
「でしょうね。別に止めはしませんよ。止まらないことも知っていますから。ではもう一つの質問を。ここから出た後、どうするおつもりですか?」
ザインはアンネリーゼが何を言いたいのかわかっている。つまり、研究施設を破壊するのかを聞きたいのだろう。むしろ彼女の質問は此方が本命のようだ。しかし、ザインの中でその答えは既に決まっていた。
「何もしない。」
「何故?」
「わかってるだろ?準備もせずにあそこで暴れることは俺にとって損しかないからだ。」
エルフとドワーフがザインに協力しようとしてくれる理由は、エルフと交わした友誼だけではない。彼に協力することは、捕らわれた同胞を解放に繋がると思えばこそだ。
あの施設を破壊し、魔術師共を護衛ごと殲滅することは難しくない。彼の息吹は遠距離から広範囲を焼き払うのに向いているからだ。だが、それでは救うべき彼らの同胞を巻き込むことになる。彼らをザインが死なせたとなれば、誰も彼に力を貸そうとは思わなくなるだろう。復讐のため、ザインはこれ以上無いほど激怒していながらも冷静さを失ってはいなかった。
「まあ魔王を口説き落とした後、最初の仕事がここの解放になるだろうが。」
「フフッ。そこまでお考えなら何も言うことはありませんわ。では、ご存分に外道共に鉄槌を与えて下さいませ。」
「当然だ。」
そうしてザインは洞窟の最奥へとたどり着いた。かつてのルクスの寝所は、薬品の独特な臭いと失敗作が放つ血生臭さが溜まりに溜まった最悪なゴミ捨て場と化している。
しかし、激情と共に擬似表皮を脱ぎ去って屹立するザインに錬金術師達が気付くことは無かった。なぜなら、彼らの目の前で起こった信じられない現象から目を背けることが出来なかったからだ。その現象とは、これまで廃棄して来た死肉が動き出して一つの形を為したこと。そしてそのシルエットは、まさしく往年の白竜ルクスそのものであった。
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