第83話故郷の変貌 其の五
旧マンセル村の研究施設の正式名称は『王立錬金術研究所』である。表向きは学術的な側面が強い研究が行われているとされているが、実情はまるで異なる。帝国と同じく大陸を席巻するという野心に燃える王国を取り巻く現状は決して良好ではない。単純な国力ならば大陸随一でも、王国は四方を敵に囲まれているからだ。
先の戦争でエルフとドワーフが侮れぬ戦力を持つことが明らかとなり、それを後方から支援した強かな帝国も警戒せねばならない。さらに北方には情報すら全くない不気味な魔王率いる魔族も控えている。一層の軍拡と国力の増強が王国の急務であることは明確であった。
しかし、戦争によって手に入れた奴隷が王国の魔術師、特に錬金術師の心に狂気の炎を灯した。これまで彼らは生物同士の融合実験を行ってこなかった訳ではないが、それは主に魔獣同士であった。亜人やはぐれ魔族の奴隷がいないでもなかったが、実験に使うには稀少過ぎたのである。
だが、戦争によって生じた大量の奴隷は錬金術師連中にとっては宝の山でしかない。彼らは奴隷を利用した生物兵器の製造を国王に進言、王もそれを承認したことで研究所という名の地獄は産声を上げたのだ。
研究員の魔術師の護衛、という名目の体のいい雑用を押し付けられた二人の兵士は洞窟の入り口を警戒していた。護衛であるのに洞窟の中に入らないのは、単純に臭いに耐えられないからだ。
「ハァ…俺、仕事辞めようかなぁ。」
「なんだよ、急に。こんな楽な仕事、他にねぇぞ?」
錬金術が専門で研究者肌のなまっちろい魔術師であっても、戦闘力ならば普通の兵士の数段上を行く。しかも有事の際に前線で戦わせるための洗脳済み亜人奴隷兵がいる。彼らという屈強な肉壁がある以上、研究所勤務における一般の兵士の仕事は楽なものだけなのだ。
「確かに高慢ちきな魔術師には腹が立つことも多いがよ、逆に言やあそれだけ。聞き流しゃあ問題無いじゃねぇか。」
「お、お前…それ、本気で言ってんのか?」
「あん?」
「お前は、連中のやってることが恐ろしくないのか!?あれは…あの研究は狂っている!」
青い顔をする兵士とは対照的に、もう一人の兵士は相方が何を言っているのかまるで理解できないようだ。彼は首を傾げて訝しげに言った。
「狂ってるって、何がだよ?」
「魔獣同士をくっつけるところまでは理解できる。でも、奴隷はダメだ!彼らは俺達と同じ…心を持つ存在だ!」
兵士の血を吐く様な独白への返答は、冷淡で残酷なものだった。
「気にし過ぎなんだよ、お前は。奴隷ってのはご主人様の所有物だ。それをどうしようが持ち主の勝手だろ?」
「…人間だっているんだぞ!」
「それがどうした?奴隷に堕ちた時点で連中はもう人間じゃねぇんだよ。人間様ってのは生き物で一等偉いんだ。ならそれ以下のモノをどうしようが勝手だろうが。」
「お前もあいつ等と同…なんだあいつ?」
敵意すら感じられる強い視線で右側にいる相方を睨んでいた兵士だったが、突然口を噤んで正面に向き直った。それに釣られて正面を向いた相方は、そこでようやくローブ付きマントを羽織った大柄な者に気が付いた。
「おい!ここは一般人の立ち入り禁止だ!さっさと消え失せろ!」
兵士達は最低限の仕事を忘れていなかったらしく、不審者に忠告した。王国の徴兵基準を満たしている兵士達は屈強で、さらに武装までしているので大概はこの程度の恫喝で事足りる。しかし、相手は忠告を無視して此方に向かう歩みを止めることはなかった。
「聞いてんのか?痛い目見ねぇ内にとっととここかゴボゥオ!?」
不審者改めザインは無言で凄んで来た兵士の腹部に拳を叩き込む。正規兵の決して粗悪ではない革鎧の守りも虚しく、打撃の衝撃は兵士の臓器を破裂させた。血を吐きながら崩れ落ちる兵士は、最期のなけなしの力でザインのフードを引っ剥がす。その下の竜の頭部を見てしまったもう一人は恐怖に顔を歪ませて絶叫する。
「りゅ!?っうぎゃあああああああ!足があああああ!」
ザインは無造作にもう片方の脚をローキックの要領で蹴り折った。兵士の苦悶の叫びなどに脇目も振らず、彼は洞窟内に入っていった。
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