第87話死の竜 其の三

 地に伏す錬金術師達を睥睨するザインは、次に老人の側にいた一番弟子を持ち上げた。弟子といっても四十過ぎの男であるが、余りの恐怖に鼻水を垂らしながら泣いて命乞いを始める。


 「だ、だだぎ、だじゅげで!ここどざだいで!」

 「助けて。殺さないで、か?ダメだ。お前らはここで死ね。」

 「ゆ!ゆるじで!だんでも!だんでもじまじゅがりゃ!」

 「散々命を弄んできたお前達等に命乞いをする資格は無いが…そうだな、まあいいだろう。チャンスをくれてやる。ファルゼル、剣一番を複製しろ。出来るだけ多く、な。」

 「御意。」


 ファルゼルはザインの命令を即座に、そして忠実に遂行する。鞘ごと障気へと変貌したファルゼルは自分に可能な限りの複製したロングソードを展開。恐ろしい人型の竜の背後に百本をゆうに超える濁った黒の剣が浮かぶ光景を見た錬金術師達が感じたことは面白いことに全く同じであった。


 「ま、まさか…魔、王?」

 「…違う。そんな大層なモンじゃねぇよ。ファルゼル、全員の両手両足を動かせなくしろ。殺すなよ。」

 「ハッ。」


 返事と同時にファルゼルは錬金術師全員の四肢を貫いた。研究者である彼らは己が傷つくことに慣れていない。そんな彼らが四肢を穿たれるという想像を絶する痛みに耐えられるわけがなかった。


 「うぎゃあああああ!!」

 「痛い痛い痛いぃぃぃい!」


 悶絶して泣き叫ぶ錬金術師達に向けるザインの目には、同情や憐れみなど一切無い。他者の痛みを想像することも、その憎悪が己を傷付け得るということを考えることない者達を冷ややかに眺めるだけである。ザインは仕上げとばかりに重力魔術を操作して錬金術師全員を中空に浮かべた。


 「さて、チャンスを与えてやる。俺はこれ以上何もしない。運が良ければ逃げられるぞ?」


 そうしてザインは浮かんでいる錬金術師達を洞窟の奥へ。激痛で頭の回転が鈍くなった彼らだったが、その先に何があるのかを思い出さないほど呆けてはいなかったらしい。彼らは出血もお構いなしに手足をバタバタさせて悪足掻きを試みるも全く意味がない。


 「いやだいやだいやだいやだ!」

 「やめて!やめてくれぇぇぇええ!」


 必死に命乞いする男たちの悲鳴はザインに届くことは無い。事実、彼の心には何の感情も無かった。命を奪うことへの罪悪感も、逆に嗜虐心も愉悦も無いのである。あるとすれば奥にいる哀れなモノの復讐心を満たしてやろうという使命感だけであった。


 「お前らが生み出したんだ。そいつに喰われるなら本望だろう?」


 錬金術師全員が竜モドキの口の前に達したタイミングで、ザインは全ての重力魔術の効果を遮断した。それは彼らと共に竜モドキも自由を得た事になる。既に痛みなど感じている余裕のない錬金術師達は一刻も早く逃げ出すために飛び起きて駆け出した。


 ガブッ


 一瞬であった。錬金術師達は一歩目を踏み出す間もなく竜モドキに纏めて喰われてしまったのである。唯一その顎から逃れたのは、ザインに命乞いをした一番弟子の右腕だけ。洞窟内には竜モドキの新鮮な肉を咀嚼する音だけが響くのみであった。

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