第56話翡翠の鷲獅子 其の四

 一気に突撃してきたグリフォンを、ザインは正面から剣で受け止めた。普段ならば武器に負担を掛けない為にそんなことはしないのだが、今回はファルゼルの試験を兼ねている。彼が実戦でどの程度役に立つのかを知っておきたいのだ。

 今、ファルゼルはザインが使っていた頑丈で切れ味の鋭い剣、通称剣四番を使っている。やはり手に馴染んだ武器が良いのでデフォルトはこの剣だ。エルキュールとの戦いを乗り切った頑丈な剣は、推定体重が二トン近いグリフォンの一撃にビクともしなかった。むしろ剣とまともにぶつかった彼の爪にヒビが入るだけである。


 「ギギィ!」

 「遅い。」


 そのまま押し潰そうとしたグリフォンだったが、考えてみれば突撃にも吹き飛ばされなかったザインを力でごり押し出来る訳がない。しかも自慢の爪もザインの武器を壊すどころか、無理をすればこっちが折れてしまうだろう。故に接近戦における最後の切り札である嘴で肉を抉ろうと突き出した。

 だが、何の工夫もせずただ突き出した頭部は絶好の標的である。嘴が届く前にザインの鉄鎚によってグリフォン亜種は眉間を強かに殴られて悶絶した。


 「かってぇな。頭蓋をかち割ったと思ったが…流石は亜種ってとこか?」


 ところでグリフォンは危険だが決して倒せない敵ではない、というのが討伐屋ギルドの見解である。何故なら、彼らは地面に落とせば耐久力は大型の獣と大差ないからだ。

 飛行する魔獣への対処法は大昔に確立している。矢を射掛けるだけでも有効であるし、トリモチのような物質を生み出す拘束魔術が開発されてからは魔術に抵抗出来ない魔獣はあっさり駆除されるようになった。

 しかし、ブケファラスの炎雷を防ぐ実力があるということは、ヘタな拘束魔術ではどうにもならなかったはずだ。討伐屋を返り討ちにしたのは間違いなくこの亜種だろう。しかも打たれ強さまで常軌を逸しているようで、ザインは鉄鎚から伝わってきた鋼鉄の球体を殴ったかのような手応えに舌打ちした。


 「キギィ!グアッアッアッ!」

 「クソ!逃がすか!」


 地上戦ではザインに決して勝てないと悟ったのか、グリフォンは空中に飛びあがろうと翼を広げた。飛んだところで重力魔術で引きずり降ろす、または自分も飛んで追いかけるなど対応策はいくらでもある。

 しかし、案内人の前で本来の力を見せる訳にはいかない。ザインは咄嗟に鎚をフック状にしてグリフォンの翼に引っ掛け、強引に背中によじ登った。


 「ギアア!」

 「暴れん…な!」


 当然、敵を背中に乗せたまま飛び続ける馬鹿はいない。グリフォンは空中で身体を捻ってザインを振り落とそうと暴れまわった。対するザインも脚にしっかりと力を入れて固定する。高速で走り回るブケファラスに騎乗することに慣れたザインは、絶妙なバランス感覚で姿勢を維持しながらその背中にファルゼルを突き立てた。

 剣はグリフォンの分厚い毛皮と筋肉を貫き、内臓に達した。ただ、ザインはグリフォンの詳しい急所を知らず、そのせいで即死させることが出来なかった。故に手痛い反撃を食らってしまう。


 「ギャッ!?ギギィシャァァァ!」

 「何!?」


 普通の手段ではどうにもならないと体で理解したグリフォンは、なんと自分を巻き込む形でグリフォンの巣を覆い隠すほど巨大な風魔術を放った。真空の刃がメチャクチャに飛び回る竜巻の魔術が天高く立ち上り、内部に巻き込まれた者達をズタズタに切り裂く。

 ザインやブケファラスだけではなく、自分自身やまだ生き延びていたグリフォンすら魔術の餌食となった。グリフォンの巣はブケファラスの炎雷によって焼けた死体の焦げ臭さと、咽せ返りそうな血と臓物の臭いが充満していた。

 戦場もかくやと言わんばかりの惨状だったが、ザインは血塗れになりつつもグリフォンの背から離れなかった。彼は脚力だけでなく、突き刺したファルゼルをでもって耐えていたのだ。

 剣を抜くことなく今度は鎚の先端を斧状に変えてグリフォンの翼の付け根を叩きつける。何度も何度も斧で叩きつけられる毎にグリフォンも暴れたが、ザインの執念は遂に片方の翼を落とした。


 「これで…ってぐはっ!」


 翼をもがれて重力に逆らう術を失ったグリフォンは飛行出来なくなって自由落下を始めた。だが、ただやられているほど甘い相手では無い。グリフォンは残った翼でわざと背中から地面落ちるように姿勢制御を行ったのだ。しかもそれに気付いたザインが逃げる間も与えないように羽ばたいて落下速度を増した。

 グリフォンの下敷きになったザインが人間だったならば、即死しただろう。しかし人竜である彼はそこまで重大なダメージは負ってはいない。むしろ魔術の方が痛かったほどだ。


 「重い!どけ!」


 ただ、自分より大きな魔獣にのしかかられるのは、ブケファラスでないならばうっとうしいことこの上ない。彼はファルゼルを掴んだままグリフォンを押し退けるように蹴り飛ばした。


 「ギィィ…キィ…。」

 「…今楽にしてやる。」


 ザインは怨めしげに睨みつける瀕死のグリフォンの首をはねた。美しい翡翠の羽根が舞い散り、吹き上がる真紅の鮮血が大地を濡らす。この戦いで生き残ったのはザインとブケファラスの一人と一頭のみ。しかも今すぐ動くことの出来る者はザインのみという激戦であった。

 荒涼としたキフデス山脈の渇いた風が戦いの臭いを運んでいく。残ったのは物言わぬ死体の山と武功を誇らぬ勝者だけであった。

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