第55話翡翠の鷲獅子 其の三

 満月が天頂に達した深夜、ザイン達は洞穴を出発した。彼らの夜襲作戦は上手くいったようで、グリフォンの巣では群の皆がぐっすりと眠っていた。それ故に群の中央で寝息を立てるリーダーの姿をじっくり見ることが出来た。


 「あれが亜種か。確かに大きいな。」


 他の倍以上ある巨体は、月明かりに照らされてその翡翠色の羽毛を妖しく煌めかせる。一点の汚れもない羽毛は、それ自体が光を放っていると言われても信じてしまいそうになる。有象無象の暗褐色とは一線を画す羽毛の美しさは、ありふれた宝石などよりも余程価値があるだろう。ザインは初めて希少な動物や魔獣を蒐集したいと思う好事家の気持ちを理解した気がした。

 ザインの背後からはゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえてくる。二人ともザインと同じように感動しているのならば救いはあったのだが、彼らの瞳が欲望に濁っているであろうことは明白だ。今も小声でブツブツと皮算用ならぬ羽毛算用しているのだから。


 「では、始めるか。お前たちは隠れていろ。ブケファラス、合図するまで待機しておけ。」


 ザインは返事を待たずに物陰から飛び出すと、ファルゼルを抜きざまに最も近くのグリフォンの首をはねた。断末魔の鳴き声すら上げる暇を与えることなく雄も雌も、雌に抱かれる雛も作業のように殺していく。

 三組の番を始末したタイミングで異変を察知したグリフォン共が起き出した。ほぼ無音で殺しても、流石に死体が撒き散らす濃厚な血と臓物の臭いは山頂に吹き荒ぶ風も消しきれない。


 「キェエエエエエエ!」

 「ギャッギャッギャッ!」


 目覚めたグリフォンは怒り狂ってけたたましい耳障りな声を上げる。その絶叫に呼応するように次々とグリフォンは覚醒していった。


 「ブケファラス!」

 「グルアアアアアアアア!」


 待ってましたと言わんばかりに飛び出したブケファラスはその三つの口から炎と雷を吐き出した。これまで炎と雷はそれぞれ別々に吐いていたのだが、彼はそれらを同時に使えるようになっている。しかもその両方が紫色に輝いていた。先日のエルキュールとの戦闘を経て急速に成長したようだ。

 ブケファラスの炎雷はグリフォンを一撃で即死させる威力を誇る。直撃した同族が一瞬で消し炭になった瞬間、地上では勝てないと悟ってブケファラスから逃げるようにグリフォン共は空に飛び上がった。しかし、ブケファラスはそれらの逃亡を許すつもりは無い。彼も直ぐに空に駆け上がった。

 魔獣同士による壮絶な空中戦が繰り広げられる中、地上で睨み合う二つの影があった。ザインとグリフォンの亜種である。彼我の体格は随分差があるのだが、絶対的強者の風格を漂わせるのはむしろ小さな方、即ちザインであった。剣を無造作に握るザインの周囲を慎重に回るグリフォン亜種に、突如としてブケファラスの炎雷が降り注いだ。他のグリフォンを狙った流れ矢のようなものだったが、亜種のグリフォンは避けることもザインから目を背けることもしなかった。


 「キアァァァ!」


 なんと翡翠色のグリフォンは翼を広げると同時に自分を中心とした上昇気流の竜巻を作り出した。魔術の風に巻き上げられて、ブケファラスの炎雷は虚空へと上がっていく。その軌道上に居合わせたせいでバラバラに斬り裂かれながら灰になったグリフォンは不運としか言いようがないだろう。

 ブケファラスの炎雷を容易くいなすなど、普通のグリフォンでは有り得ない出力の魔術である。亜種として産まれてから軽く見積もっても数十年は生きているのだろう。今の対応はそれだけの戦闘経験に裏打ちされた動きであった。


 「やるなぁ。ブケファラスって相棒がいなけりゃ欲しいと思っただろうな。」


 しかし、その程度の経験しか持たない相手には言葉ほどの興味は無い。ザインにしてもブケファラスにしても闘技場という場所で暮らしていた以上、野生の魔獣などより遥かに濃密な戦いの日々を過ごしてきたのだ。戦闘の経験ならば劣るどころか数倍に達するだろう。

 ザインは右手に握った魔剣ファルゼルを振るって血糊を払うと、右の腰から鉄鎚を抜く。これを戦いのゴングと捉えたのか、グリフォン亜種は翼を使って低空飛行して一気に突撃してきた。ザインは油断無く剣で防御の構えを取る。後にこの地方で語り継がれる『翡翠の鷲獅子退治』という名も無き騎士による英雄伝の原典となった戦いが始まった。

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