第42話美食の悪魔 其の三

 雷撃をまともに食らったザインだったが、反射的に魔力を活性化させてダメージを軽減した。しかし、流石は魔術に精通する悪魔。ザインの抵抗力を以てしても、彼は全身が痺れて動けなくなってしまった。


 「我が輩の魔術を食らってその程度とは!しかし、コレはどうかな?」

 「ぐあああああああ!」


 動けないザインにエルキュールが放ったのは、青白い炎であった。雷撃にしても火炎にしても、魔術が特殊な色彩を放つのは魔力が強大な証拠だ。

 青い炎はザインを包み込んで彼を火達磨にしてしまう。雷撃よりも威力の高い炎に抵抗虚しく、ザインは黒こげになって地に伏した。


 「ガアアアアア!」

 「おっと!ケルベロスか。才能は有るようだが…若過ぎる。」


 ザインに気を取られている隙を突く形で、ブケファラスが奇襲を仕掛ける。巨体ながら夜闇に見事に溶け込んで絶妙なタイミングで仕掛けた彼であったが、エルキュールという悪魔は更に上を行く。寸でのところでブケファラスの牙から逃れると、青い炎を浴びせかける。

 対抗するようにブケファラスも炎を吐き出すが、火力が違いすぎた。三つの口から吐き出される灼熱の炎は、悪魔の繰り出す青い炎に押し込まれてブケファラスもザイン同様に炎に包まれた。


 「ギャウウウウウウ!!」


 ブケファラスは炎を吐く種族らしく炎への高い耐性を有している。しかし、全く効かないという訳ではない。故に己を焼く炎を消すべく地面に身体をこすりつけたのだが、青い炎は一向に消える気配がない。


 「無駄ですぞ。我が輩が消さぬ限り消えることは決して無い。」

 「…凄まじい魔力ですね。これほどの力量を持つ悪魔でエルキュールという名は寡聞にして存じ上げません。貴方は一体何者なのですか?」

 「我が輩は我が輩ですぞ、アンネリーゼ嬢。そしてその問いへの解答は単純明快。これまで我が輩を召喚できた者は誰一人いなかっただけですな。」

 「…まさか最高位の悪魔?地獄の王の一柱なのですか?」


 エルキュールが気軽に口にした事が事実ならば一大事である。それこそ王国どころか世界の危機と言っても過言ではない。

 悪魔にも当然のように強さの序列が存在し、上位者には決して逆らわない。そんなことをすれば即座に滅ぼされるからだ。一方で、悪魔は争いを好む種族でもある。同格の悪魔同士の殺し合いなど日常茶飯事なのだ。

 そんな悪魔にはそれぞれに人間と似たような位の制度がある。人間との違いは位が高いことが強さに直結することなのだが、文献によると人間によって召還された悪魔で最も高位だった悪魔の公爵は当時の魔王に致命傷を負わせたと記述されている。呼び出す代償は相当に高くついたらしいが。


 「良くご存じで。しかし、我が輩は変わり者でしてな。美食にしか興味はないのです。」

 「ではザインとブケファラスを食べるおつもりかしら?」

 「そうなりますな。まさか、邪魔をすると?」

 「それこそまさかですわ。私の本体は遠くにいますし、何よりどう足掻いても私では太刀打ち出来ません。無駄なことはしない主義なんです。でも…」


 使い魔としてアンネリーゼの声を放つ蝶はそのための筋肉を持たないために表情は無い。しかし、エルキュールは使い魔の主人が嘲るように笑ったと感じたのは気のせいでは断じて無かった。


 「その人がアッサリ死ぬとでも?」

 「うぐっ!?」


 アンネリーゼがエルキュールにわざわざ話し掛けた理由。それこそこの瞬間の為の布石だったのだ。青い炎は消せないことに早くから気付いたザインは、自分の身体が焦げた頃を見計らって死んだ振りをしていた。

 そしてアンネリーゼが注意を引き付けている間、虎視眈々と油断する瞬間を待っていたのだ。エルキュールがザインに背を向けた状態で近づいた瞬間を逃すことなくザインは背後から心臓を一突きにした。


 「うらぁ!」

 「ガッ!」


 突き刺した勢いのままエルキュールを押し倒したザインは、馬乗りになって頭部を鉄槌で殴りつける。青い炎に全身を包まれた者が動き回る姿は中々にホラーである。

 流石の悪魔も身体を地面に縫いつけられ、頭を割られる勢いで殴られてはたまったものではないようだ。すぐに転移魔術でザインの暴力から抜け出した。


 「野蛮ですな、まったく!我が輩としたことが、傷を負ってしまいましたぞ。この代償は…貴殿の肉体で払ってはいただきましょう。」

 「ハッ!言ってろ。俺も本気で戦ってやる。」


 未だに火達磨のザインだったが、全身からメキメキと音を立て始める。すると炎ごと表皮が剥がれ落ちていく。それはまさしく脱皮。ザインは被っていた人間型の擬態表皮を脱ぎ捨て、中から真の姿を顕した。


 「ほほぅ?ソレが貴殿の本性ですな?なんと雄々しき姿か!」


 二本の脚で立つソレは全身を隈無く白と黒の鱗に被われた爬虫類を思わせる身体と鋭い爪、そして頭部からは天を突く立派な角を二本生やしている。人間の面影など微塵もない、白竜ルクスと瓜二つのドラゴンそのものの風貌。人間と竜の混血児であるドラゴニュートとは全く異なる彼こそ、世界で唯一の人竜ザイン・ルクス・リュアスの真の姿であった。


 「俺を食うだと?逆だ。俺がアンタを食らってやるよ。」


 悪魔と竜。地獄と現世の最強種同士の殺し合いが始まった。

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