第41話美食の悪魔 其の二
突如として現れた謎のモノ。その容姿を一言で表すならば老紳士だった。長身だがザインより少し低めで、体型は痩せ型。オールバックに固まった白髪に同じ色の切りそろえられた口髭。上質な燕尾服に片眼鏡を掛けた優しげな風貌。見た者に一目で好印象を与え、女性ならば思わず振り返ってしまうような華やかさがあった。
しかし、解る者には解るはずだ。その本性は極めて邪悪にしてその内包する力は強大であることを。巧妙に隠していても、鋭い知覚力があれば察知出来るはずだ。コレは化け物である、と。
「ほほぅ?スケルトンとゾンビの丸焼きですか。上質な魔力から熾された炎に焼かれていますね。実に興味深い。」
その化け物はスケルトンの残骸を拾い上げると、何かの魔術を以て纏わりつく砂を払った。ザインの優れた感覚でも魔術を使ったことだけはどうにか解る程度の極小の魔力しか使っていないにも拘わらず、魔術の効果は十全に発揮されている。
魔力と魔術の扱いをここまで完璧に行えるモノの正体とは一体何なのか。ザインとブケファラスは一挙手一投足を見逃さぬように目を皿のようにして観察している。一方で警戒されている当の本人は気楽なもので、自分が綺麗にしたスケルトンの骨を口に含むとボリボリと音を立てて咀嚼し始めた。
「美味、というほどではありませんがクセになる味わい。ついつい次が欲しくなりますな。コレはワイン、いやエールの肴にピッタリ。持って帰るとしましょうか。…来なさい。」
化け物が手を叩くと地面に怪しげな魔法陣がいくつも敷かれ、それらが青黒い光を放ったかと思えば魔法陣と同じ数だけの新たな化け物が跪いていた。
歪曲した二本の角を生やした痩せぎすの人間の男のようなシルエットだが、山羊や鹿などを彷彿とさせる下半身が人外であることを物語っている。魔法陣によって召喚されたと思しきそのモノ達の外見にアンネリーゼは心当たりがあった。
「まさか、あれは悪魔では?」
「悪魔?御伽噺じゃねぇんだぞ。」
「悪魔は実在します。呼び出して使役するのは非常に困難ですが…。」
「困難だぁ?あれでか?」
ザインとアンネリーゼは使い魔越しに口頭ではなく念話で話し合っている。彼女の知識によれば悪魔とは地獄と呼ばれる異界に住む住民のことで、魔術によって此方に召喚することが出来るらしい。彼らの特徴は魔術に長けていること、傲慢な性格、そして生命を奪うことと他者を騙すことを好むことが挙げられる。その衝動は相当なもので、召喚主すら隙あらば殺そうと企むほどである。
そんな狡猾で残忍なはずの悪魔は、同時に召喚された全員が召喚主の指示に文句の一つどころか口を開くことすらせずに従っている。まるで主の命に従う奴隷のようだ。
「これだけあれば十分。帰ってよろしい。」
労いの言葉一つなく言い放った命令にも悪魔たちは黙って従い、大人しく帰って行った。悪魔という半ば伝説上の怪物を意のままに操るモノの正体をザイン達は図りかねていた。
「ところで、君達は何者かね?見たところ人間に化けた魔族とケルベロス、そしてその虫は使い魔かな?」
「その前にお前が名乗れよ。」
ザインは一発で自分たちのことを看破されて背中を冷や汗で濡らしながらも、あえてふてぶてしく質問で返す。コレには決して隙を見せてはならないと本能が告げているからだ。
「おお!我が輩とした事が、失礼でありましたな。我が輩はエルキュール。美味なる食を求めて日々を生きるしがない悪魔である。見知りおきをば。」
老紳士然としたモノはエルキュールという名の悪魔らしい。ザインは目の前で優雅な一礼をとる悪魔を最大限に警戒しながらこちらも名乗った。
「俺はザイン・リュアスと言う。卑賤な出身で礼の作法を知らぬことを許してくれ。」
「アンネリーゼ・ダアル・カシュレ・アジェルヴォルンと申します。声のみで失礼致しますわ、エルキュール様。」
「ザイン君にアンネリーゼ嬢ですな。まずは貴殿らに礼を言わせていただきたい。我が輩に新たな食の可能性を教えてくれたこと、深く感謝しますぞ。」
「は?」
二人の困惑を察したのか、エルキュールはオーバーに腕を広げ、芝居がかった演説を始めた。
「我が輩が求めるは究極の美食。そして新たな味覚の発見。それ故に魔術の火炎で炙ったスケルトンの味を知らしめてくれた貴殿らは我が輩にとっては恩人ということなのだよ。」
「そいつは良かったな…。」
ザインからすればそれしか言える事は無い。美食の悦びなど、理解できないしするつもりもない。ただ、問題はそこではなかった。
「しかし…ザイン君。我が輩は君に非常に興味がありますぞ。」
問題とは目の前の悪魔の魔力が活性化していることだ。そう。エルキュールは臨戦態勢なのだ。
「恩人に悪いとは思うのですがね、我が輩は己の欲望に忠実なのだよ。」
「アンタ…まさか!」
「我が輩、貴殿を食したいのだよ。」
エルキュールの掌から青白い雷光が迸り、ザインの身体を貫いた。
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