第39話死霊の鎧 其の四

 ザインに掌を向けられた鎧はそれをせせら笑った。武器で自分を仕留めることは不可能に近い。ならば魔術で、という判断は正しい。しかし、魔術に対抗する力を持つ鎧には魔術も効果は薄い。

 事実としてザインの魔術はほとんど利いていないし、出力が数倍上がっても無効化出来る。持久戦に持ち込めば、疲労しないアンデッドに軍配が上がるはずなのだ。


 「無駄ダ。我ニハ貴様ノ魔術ナド効カヌワ!」

 「そうかな?試してみる価値はあるだろ?」


 ザインは鎧の胸の辺りを中心に、半径一メートル半くらいの球状の力場を形成し、中央に向かって重力を発生させる。球の内側はザインの生み出す力場によって圧縮され、押し潰されて行く。


 「ナ!?何ダ、コレハ!ツ、潰サレルゥ!」


 力場に取り込まれた鎧は己を襲う出鱈目な力に抗おうと暴れていた。しかし、上下左右前後あらゆるの方向から迫る圧力にはどれほど抵抗しても無駄である。何をしようとザインの力場から逃れることは出来なかった。

 ザインは鎧を捕らえただけでは終わらない。この戦いは獣人に自分の力を見せつけるためのものでもあるのだ。剣の腕前を見せるには敵が役不足だったので、ここは一つ本気の魔術を披露するべきだろう。

 ザインは半径一メートル半の球状空間をすでに半径八十センチメートルほどに圧縮していたが、さらに小さくする。五体満足だった時の鎧は暴れに暴れたが、圧縮されたせいで原型を留められなくなってしまった。鎧は苦肉の策として腕や脚、兜を障気に変えてそれを噴出することで抵抗を続けている。


 「ギャアアアアアアアァァァ…」


 しかし全力で魔術を使うザインからすれば、鎧の噴き出す障気などそよ風に等しい。断末魔の叫びと共に鎧は飴玉のような大きさまで圧縮され、喋らなくなった。

 ザインはブケファラスに命じて雑魚アンデッドの始末を任せ、自分は獣人達に向き直った。ザインが振り向く前から彼らは自発的に跪いてザインの言葉を待っている。どうやら彼らにとっての合格ラインは越えられたようだ。


 「終わりだな。後はこいつを浄化するだけ。俺は街に帰るが…力は示した。お前らは約束を守れよ?」

 「勿論で御座います。」

 「そうか。俺の名はザイン…いや、ザイン・ルクス・リュアス。人間の王国と勇者を滅ぼす者だ。この名と力をお前たちの指導者に伝えろ。」

 「承知。ザイン様、我ら一同、貴方様への恩義は決して忘れませぬ。」

 「気にすんな。俺は俺の目的のためにお前らを利用しているに過ぎない。それに、俺の友人に虎の獣人、エルガ・ダジャって奴がいる。そいつへの義理を果たしただけさ。」

 「な、なんと!あのエルガが生きておるのですか!?」


 代表である狼の獣人はムジク・ラクというらしいが、彼とエルガは共に肩を並べて戦った戦友なのだという。大敗北を喫した草原での戦によって散り散りになったので、殺されたり捕縛されたりして誰が無事で誰が死んだのかは知らなかったらしい。友人の一人でも無事だったことを知って、ムジクは安堵の息を吐いたのだ。

 それからザインはムジクと数人の獣人を連れてアンデッドの遺物を漁った。あの鎧は自身の強化のために旅人などを殺して武器を奪っていたらしい。武具以外には興味が無かったのか、丈夫な背嚢や砂塵除けのマントなどがその辺に無造作に捨てられていた。

 流石に人数分は無かったものの、ザインがブケファラスに運ばせた荷物の中身を詰め込むには十分であった。その中身とは全員分の保存食と飲料水だ。獣人の隠れ里までは不十分だが、王国の領土から出るまでの期間ならば十分な量だ。後は彼らが死んだことにすれば追っ手もかからないだろう。


 「じゃあな。気をつけて帰れよ。」

 「はい。ザイン様もお元気で。貴方のお陰で、戦士の誇りを取り戻すことが出来申した。次にお会いする時は、戦士としての力を取り戻して見せましょう。」

 「期待してるぜ?」


 支度を終えた獣人達は、早速出発することになった。一刻も早く帰りたいからではなく、色々と準備を整えている間に夜になったからだ。夜闇に溶け込めば誰にも気付かれずに国境を越えることも容易いだろう。

 隊列を組んで出発する直前に、黒い獅子獣人の少年がザインの前にやってきた。良く言えば気丈な、悪く言えば生意気だった少年は、先程までの敵意は一切見せずにザインの目を正面から見据えて尋ねた。


 「ザイン…さん。どうすればアンタみたいに強くなれるんだ?」

 「お前、なんで強くなりたいんだ?」

 「俺は…同朋を守れるようになりたいんだ。仲間を俺たちみたいな奴隷にさせたくない。そのための強さが欲しい!すぐにでも!」

 「…へぇ。」


 理由自体は青臭いが、目的のために力を求める者には好感が持てる。ザイン本人がそうだからだろうが、かと言って少年にアドバイス出来ることはほとんどない。

 獣人の戦士は己の爪と牙、そして角以外の武器を使うことを嫌う。エルガも頑なに武器を握ろうとしなかった。ザインはエルガから格闘の基本は教わったが、最も得意なのは剣だ。故に少年に技に関して教えられることなど一つもない。そこで、手練れの戦士に共通することを言ってみることにした。


 「坊主、強くなるのに近道はねぇ。けどな、確実に強くなれる方法はある。」

 「そ、それは!?」

 「基本だ。」

 「え…?」

 「強い奴ってのは基本がしっかり出来てるモンさ。基本を軽んじて小手先の技に頼るな。これを忘れずに修練しろ。」

 「あ、ありがとうございました!」


 獅子の少年・ガヴィは深々と頭を下げて感謝の意を示すと、仲間に合流して離れていった。彼ら獣人がザインの復讐の役に立つかはわからない。彼にとっては損のない博打のようなものなのだ。

 しかし、ザインが蒔いた種は遠くない未来に大きな実を結ぶ事とは他ならぬザイン本人も予想していないのだった。

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