第40話美食の悪魔 其の一

 ザインの肩に一匹の蝶が止まる。それは獣人達が森から出るまで彼らを監視していたアンネリーゼの使い魔だ。


 「お疲れ様。」

 「ああ。あいつらはどうだった?」

 「貴方に深く感謝していました。それこそ貴方の為なら命を捨てるくらいに、ね。」


 アンネリーゼには獣人達がザインから離れた後、密かに追跡・盗聴して彼らの本音を探っていたのだ。彼女の話によれば獣人は生き生きしており、それまでの死人の如き弱々しさは微塵もないとのこと。


 「手駒…いや、協力者は少しでも多いに越したことはない。それよりも問題はこいつだろ。どうする?」

 「うーん。困りましたね。これほど強力なアンデッドを浄化できる魔術師がこの辺りにいるとは思えませんし…。」


 そう言って二人はザインの重力魔術によって圧縮された鎧の成れの果てに目をやった。大ぶりの黒真珠の如き姿になった鎧のアンデッド。沈黙を保っている彼の処分にザインもアンネリーゼも困っているのだ。

 アンデッドを滅ぼす方法は大きく分けて二つある。一つはその肉体を完膚なきまでに破壊すること。そしてもう一つは浄化という対アンデッドに特化した魔術を使うことだ。

 前者は単純明快で、周囲の下級アンデッドに関してはすでにその方法でブケファラスに処理させたので問題はない。しかし、問題は二つ目の手段でなければこの鎧を滅することは出来ないというところにある。

 浄化でなければ倒せないアンデッドは存在する。代表的なものにゴーストやその近親種だ。彼らは普通の金属製の武器ではダメージすら与えられないアンデッドの典型例である。ザインが武器で滅多斬りにしても効果が薄かったこと、そして本体は不定形の障気であることから、相違点が多々あるもののこの鎧はゴーストの近親種だと思われる。


 「俺が浄化できりゃ良かったんだがなぁ。」

 「贅沢ですよ。あれは個人の資質に大きな影響を受けます。私も使えませんしね。それに貴方にはまだ奥の手があるでしょう?」


 ならば浄化魔術でさっさと滅ぼせば良いのだが、生憎ザインは重力ともう一つ以外の魔術はまともに使えない。いや、使えなかったと言い換えるべきか。アンネリーゼとの知識の共有によって、ザインに学習の必要なく魔術の知識を得た。故に扱いが難しすぎる魔術以外は大体使えるようになった。

 そんなザインはアンネリーゼが使えない魔術は同じく使えない。よしんばザインに浄化魔術の才能があっても、使えない人物の知識が元になっているので使えるはずがなかった。

 鎧はアンデッドとしては非常に強力なので、宮廷魔術師レベルでなければ滅ぼせないというのがアンネリーゼの見立てだ。かと言ってこれほど強力なアンデッドを王都に連れて行くわけにもいかないし、派遣してもらうのは時間がかかりすぎるだろう。だが、ザインの魔術で抑え込んでいる現状、早々に滅ぼさねば彼の魔力も尽きてしまう。


 「…自分のことを全部知られてるってのはやっぱりキツいな。」

 「そうですか?私は自分をさらけ出せる人が出来て嬉しいですよ?そんなことより、アンデッドです。ユーランセンからの情報ですが、ファーナンの郊外に腕のいい魔術師がいるそうです。行ってみましょう。」

 「あの変人の情報、ね。一体どんな研究をしていることやら。」


 ザインはアンネリーゼとの記憶の共有によってユーランセンの本性を知っている。彼が腕のいいと言うからには相当優秀なのだろうが、そんな才能を持つ者が郊外に住んでいるという時点で非常に胡散臭い。何か人格的に問題を抱えている可能性大である。

 そんな相手だからこそ、最低限の手土産は必要だろう。ザインはアンネリーゼの指示に従ってアンデッドの残骸から魔術の研究に使う素材を見繕う。ゾンビの心臓や脳、スケルトンやスケルトン・ホースの頭骨などを収集する。暗闇での作業だが、人竜であるザインは夜目が利くので支障はない。


 「こんなもんか。それにしても、こんな腐った肉使ってどんな実験が出来るんだ?」

 「色々ですよ。ゾンビではありませんが、私も精神干渉魔術を開発するときに人間の死肉を使っています。死刑になった罪人の、ですが。」

 「そう…みたいだな。」


 ザインはアンネリーゼの記憶から当該の場面を再生してしまい、彼女が何をしたのかを見てしまった。口に出すのも憚られるおぞましい実験に、ザインは魔術の研究に潜む狂気の片鱗を垣間見た。

 どうも共有した相手の記憶は、それについて考えただけで勝手に頭の中でそのビジョンが再生されてしまうようだ。ザインは極力アンネリーゼの記憶について考えないようにしよう、と密かに決心するのだった。


 「話が脱線しましたね。では、行きましょうか。」

 「ああ、そうだ…なんだ!?」

 「ガルルルルル!!」


 ザインとそれまで大人しく伏せていたブケファラスは、臨戦態勢で空を見上げる。そこには何もないように見えるが、彼らの本能が全力で危険を訴えている。上からとにかく尋常ではない、桁外れの何かが降りてくる、と。


 「な、何事です?」

 「黙ってろ!」


 使い魔越しでは伝わらないのか、はたまた危機察知の本能が薄れているのか。アンネリーゼにはザイン達の置かれている状況がわからないらしい。全く余裕のないザインは集中を乱さないために怒鳴って黙らせる。一瞬たりとも空から目を逸らすわけにはいかないのだ。


 パキリ


 風が止み、木々のざわめきもない森のただ中で、固い何かがひび割れる音が木霊する。同時に空中に謎の裂け目が出来たかと思うと、それは円形に広がって中から人型のが現れた。


 「ふ~む。美味しそうな香りが漂っていますねぇ。」


 そのは心底嬉しそうに、微笑んだ。

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