第38話死霊の鎧 其の三

 兜を失った鎧はそれを意に介さず、ザインの首目掛けて剣を薙いだ。慌てて身体を捻って回避したザインは、後ろに跳びすさって距離をとる。するとその異様がよく解った。

 頭部を失った胴鎧の中身は無く、虚ろな空洞からは障気がもうもうと上がっている。殴り飛ばされた兜はしばらくの間地面に転がっていたが、形が崩れ始めたかと思えば瞬く間に消滅した。いや、消滅というには語弊があり、兜だったものは黒い障気となって鎧に戻っていったのである。


 「なる程な。その黒いのがお前の本性か。」

 「ソウダ。故ニ我ガ滅ブ事ハ無イ。」

 「自信過剰だな。俺にはお前を殺す方法がいくつかあるぞ?」

 「ヌカセ!」


 そう言って鎧は、剣と全身を障気に戻して己の身体を再構築した。表面の斑色は同じだが、外見は先程の一般的な金属鎧とは異なる。魔獣の甲殻や鱗、骨などの軽量で、しかも質の悪い金属などよりも堅い素材で造られた特別製だ。素材から察するに、返り討ちにあった討伐屋の防具を象ったものなのだろう。

 握っていた武器もまた、様変わりしている。先程は少々刃が欠けた普通の剣だったが、今は体の半分以上を隠す大盾と片手でも使いやすい手槍を握っている。

 ザインは敵の能力を分析する。今も鎧の隙間から漏れ出す障気が敵の本体であることは明白だ。また、あれが武器や防具を生み出すでもある。そしてそうやって生み出された武具には一定の特徴があった。


 「お前、喰った武器しか作れないんじゃねぇか?」

 「…サアナ。」


 返事が一瞬遅れたことが何よりの返答だ。ザインが注目したのは黒い障気が生み出す武器に軒並み使われた形跡だ。最初の剣には刃こぼれが、今構える盾には修理の跡が、そして鎧の肩部には小さな傷があったのだ。

 こいつは取り込んだ武具を複製出来るが、だからと言って新品に戻すことは出来ないようだ。そしてその事実からは一つの仮説を立てることができる。ザインはそれを試してみることにした。


 「オシャベリハ終ワリダ。今度コソ、コノ槍ヲ貴様二突キ刺シテクレルワ!」


 鎧は盾に隠れながら槍の連続突きをザインに放つ。こちらも工夫などは一切無い力任せの攻撃に変わりはないが、人外の腕力による突きや薙ぎは単純に速い。槍で突き、戻す。周囲を豪快に薙払う。これだけの繰り返しでもやたらと速いだけで面倒くさい。

 それでも、ザインにとっては面倒なだけで危険という程ではない。彼は闘技場でこれ以上に速く、正確に、虚実織り交ぜた幾人もの槍使いに勝利してきた。ただ己の身体能力に頼るだけの愚か者の刃で傷つけられるほど『剣王』の称号は安くない。


 「ふん!」

 「ウォ!?」


 ザインは槍を戻すタイミングを見計らって踏み込むと、左手の鉄槌を鎌のように変形させ、鎧の構える盾の上辺に引っ掛けた。そしてそれを支点に飛び上がって鎧の頭上を通って背後に回り込む。鎧は慌てて槍で背後を牽制したが、ザインはその動作をこそ待っていたのだ。


 「シッ!」

 「我ガ槍…!オノレェ!」


 ザインは思った通りの結果に思わず邪悪な笑みを浮かべてしまう。彼は振り向きざまに薙いだ槍の柄を狙って斬ったのだ。その手応えは加工された木を斬ったものと同じであった。

 ザインの立てた仮説とは、武具を復元した時、その武具の材質も忠実に再現されているのではないか、というもの。そそ予想は的中したらしく、槍の柄は木材と同じ硬度に過ぎなかった。つまり、この鎧は吸収した武具を強化・改良した状態で生み出すことは出来ないのだ。

 斬り飛ばされた槍の上半分は兜と同じく黒い障気に戻ったが、残った柄に纏わりついて槍を修復している。それが終わる前に、ザインは鎧の右の肘関節を正確に斬り、鎧の上腕部を切り落とした。


 「クソ!」

 「まだだ!」


 槍を握ったまま落ちた右腕も、槍ごと障気に還元されて切り口にすでに集まり始めている。しかし、ザインは攻め手を緩めない。鉄槌の形状を今度は鎖状に変えると、鎧の足にそれを絡めて引っ張り上げる。文字通り足を掬われた鎧は空中で逆さまになってしまう。


 「脚!」

 「ウオォ!?」


 ザインは剣の一閃で宙に浮く鎧の膝から下をまとめて切断する。捕らえていたモノが障気になって自由になった鉄槌を通常のただの鉄球に戻すと、ザインは力任せに鎧を叩きつけて地面に落とした。

 空中で半回転以上していた鎧からすれば背中を叩かれた形になる。鎧はうつ伏せに這い蹲る形で突っ伏した。片腕と両脚を失って土にまみれる無様な姿は、皮肉にも彼が使い捨ての駒として使う下級アンデッドに酷似している。

 ザインの追撃はそれだけでは止まらない。鎧の背中に馬乗りになると、鉄槌で滅多打ちにする。堅く、打撃にも強い魔獣の由来の防具も耐えきれない。徐々に凹み、捲られ、中が見えるほど大きな穴が空いてしまった。


 「ナメルナァァァァ!」


 表面だけではなくプライドをもズタズタにされた鎧はなりふり構わず全身の隙間から障気を勢いよく噴射した。ザインが背中に空けた穴からも噴き出した障気の風圧で彼を背中から吹き飛ばした。


 「ヨクモ…ヨクモォ!許サヌ!」

 「あーあ。やっぱり塞がるのか。剣で倒すのは無理だな、コリャ。」


 ザインの言った通り、すでに彼が付けた傷は全て塞がりつつある。右腕、両脚そして凹みと穴も何事もなかったように塞がっていた。鎧は激怒した鎧は、当初とは比較にならない量の障気を撒き散らしている。

 激化するであろう鎧の攻撃は、背後の獣人を巻き込む恐れがある。早々に勝負をつけねばならないだろう。ザインは武器を腰に納めると、ゆっくりと腕を上げて両掌を鎧に向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る