第17話謀略の臣 其の一

 新入り全員が立てなくなるまで稽古をつけたザインだったが、余りにもふがいない連中だったので欲求不満に陥っていた。ステファノの戦士の素質を見抜く才能は本物なので鍛えれば強くなるのだろうが、今は歯応えが無さ過ぎて体を動かし足りない。そんな彼の心情を察した四人組が近づいてきた。


 「あーあー。死屍累々って感じだなザイン?」

 「不満なら我らが相手を努めよう。」

 「ガッハッハ。今日こそ一本とってやるからな!」

 「ガオオ!なら四人掛かりでいかにゃあな!」


 彼らは闘技場においてザインに次ぐ実力者たちだ。あらゆる武器を使いこなして常に相手に対して有利に立ち回る狡猾な人間のジョナサン・ヒューネル。美麗な剣技と精霊魔法で観客、特に女性客を虜にするエルフのアル・デト・ヤー。モジャモジャの髪と髭を蓄えた小柄ながらも筋骨隆々、己の背丈を超える戦槌を豪快に振り回すドワーフのガルン・ゴ。俊敏な動きで翻弄し、一撃必殺の豪腕で敵をねじ伏せる虎の獣人エルガ・ダジャ。

 彼らは闘技場でザインの本気について行ける希少な者達であり、同種の戦士を纏めるリーダーでもある。ザインが巷で『剣王』と呼ばれるのに対応して、彼らは『四天剣』と呼ばれていた。

 剣闘士全体のリーダーであるザインがどの種族にも徹底して公平なこと、各リーダーが仲がよいことで、剣闘士達は同じ境遇の仲間として種族を超えた連帯感を得ていた。


 「気が利くじゃねぇか。荒っぽく行くぞ。」

 「「望むところだ!」」




 ザインとの訓練は日が暮れるまで続いた。四人とも日々の訓練によって腕を磨いているのでザインでも苦戦は必至だ。竜の力をフルに使えば一方的に叩き潰せるが、仲間に使う訳にはいかないしそれでは地力を上げる訓練にならない。ザインはいつも通り普通の人間程度の身体能力まで力を抑えて訓練した。


 「そうそう、聞いたか?明日は久しぶりに挑戦者が来るんだと!」

 「へぇ?ってことは…。」

 「大将の試合が久々に見れるってこったな!」

 「ザイン殿、相手をご存知か?」


 体中に青痣が出来ているが、既に回復した四人はザインの対戦相手に興味津々らしい。立てなくなるまで打ち据えても五分としないうちに動ける彼らのタフさに感心しながらもザインは正直に答えた。


 「帝国の元剣闘士で今はフリーの傭兵って話だ。何でも帝国の闘技場で自分を自分で買い取った史上初の男らしいぞ?」

 「そりゃすげぇな。一体いくらかかったんだ?」


 帝国の闘技場は王国とは異なり、どちらかが息絶えるまで終わらない。王国の闘技場が剣闘士の剣技を堪能する場であるならば、帝国のそれは血風舞う暴力に酔いしれる場だ。

 剣奴は勝ち取った賞金を貯めて自由を買い取ることが出来る。王国の剣闘士達も多かれ少なかれ貯金をしている。酒や女に使い込む愚か者は居ないでもないがごく少数だ。

 ちなみに、剣奴ではなくて純粋に強くなる為だけに剣闘士になったザインは、出て行きたい時には何時でも出ていける契約をステファノと交わしている。


 「知ってるか?帝国じゃあ賞金は投げ込まれるおひねりだけって話だぜ。それを剣奴一人買えるだけ貯め込むたぁ、何勝したんだろうな!」

 「おうおう、お前らは帝国の景気の良さを知らんな?あの国は併合したいくつもの藩王国から毎年莫大な財を搾取しておるのだ。そのおかげで帝国直轄地の市民はまるで王国の貴族みたいな生活を送っておる。まあそのしわ寄せがそれぞれの藩王国にきてるんだが。」

 「やれやれ。私は人間のそういう所が理解できないな。」

 「ガオ!全くだぜ。どうして同族同士で協力出来んのだ?」


 こういう話題になると、人間と元人間であるジョナサンとザインは苦笑するしかなくなる。人間は亜人や魔族に比べて個体の平均能力が低いのにどの種族よりも内輪もめをする種族だ。亜人たちからすれば、毎日のようにもめ事を起こす人間の精神構造が理解できないのだ。


 「腹減ってんだからそんなつまんねぇ話は止めだ。新人も増えたし、明日の為にも今日は肉にするか。お前ら!全員奢ってやる!ただし!飲み過ぎんなよ?」

 「「うおお!やったぜ!」」


 ザインは新人が来た日は必ず歓迎の宴を主催する。そのたびに大金を失うので中々貯金が貯まらないのだが、新入りがすぐに馴染めるようにする気配りや誰にでも稽古を付ける面倒見の良さがザインが野郎どもに慕われる所以であることを本人は自覚していなかった。

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