第12話燃える故郷 其の二
フーランベルンの軍が虐殺されている頃、ケグンダートは勇者達五人を相手に一歩も譲らず奮戦した。蟲人最強を誇るケグンダートの召喚する眷属は尋常では無い。体長二メートル程のカブトムシとクワガタムシを合体させたような魔蟲・甲蟲王を召喚して魔術師を襲わせた。
甲蟲王は非常にタフな上に、その金属質の外骨格は蟲類が苦手とする炎がほとんど効かない。今も盾戦士に守られた魔術師の白炎をものともせずに戦っている。
ケグンダート本人は勇者と格闘家二人を圧倒していた。彼の槍術は二人の技量よりも数段上で、白竜の素材で作られた武器がケグンダートを傷つけることは無かった。
「強ええな!燃えるぜ!」
「なんと恐ろしい魔族なんだ。野放しには出来ない。ここで倒すぞ!」
勇者は切り札である神通力を解放し、黄金の大鷲が顕現する。大鷲を象った力の塊は、勇者の剣にまとわりつく。すると、白竜の角でできた純白の剣がみるみるうちに黄金に輝き始めるではないか。
本能で危険を察知したケグンダートは大きく後ろに下がって距離をとる。そして様子見に新たな眷属を召喚した。呼び出したのは千匹のカブトムシ。その鋭い角が直撃すれば彼らの軽装・中装防具は耐えられまい。
「行け!」
召喚主の命令に従い、カブトムシ達は漆黒の暴風となって勇者に襲いかかる。その死の風に曝されてはどんな生物も生き残ることは出来ない。
本来、蟲の群から逃れるには魔術で対処するしかない。だが、勇者はその常識を容易く打ち破る。神通力を纏った剣の一振りは、黄金の竜巻を生み出した。荒ぶる竜巻はケグンダートを飲み込まんと一直線に向かってきた。
黄金の竜巻を盾で受けるのは危険と判断したケグンダートは、空に飛び上がって回避する。大地を削りながら迫る竜巻は、避けられたことを察知したようにケグンダートの足下で凝縮し、真の姿である黄金の大鷲に姿を変えた。
ケグンダートはその大鷲から確固たる意識を感じ取った。これは単なる勇者の術ではなく、彼の五人目の仲間なのだ。
「これが勇者…か!」
「そうだ。私たちが生きている限り、魔族の好きにはさせない!」
「おら、よっと!」
ケグンダートが勇者に気を取られた隙を付くようにヤムが襲いかかった。ケグンダートの高さまで跳び上がったヤムは渾身の力を込めて殴りつける。
正直なところ、ケグンダートはヤムのことを侮っていた。拳闘士である彼は白竜の鱗を加工した戦闘用のガントレットによる打撃を繰り出したが、その威力はケグンダートの外骨格を傷つけるほどではなかったからである。
「むぅ!な、なんだ今のは!」
しかし、ヤムは勇者オットーが畳みかけるまで切り札を温存していた。その切り札とは、『貫』というヤムのオリジナル技だ。
練り上げた魔力を特殊な波動に変えて拳から体内に送り込むことで敵に様々な状態異常を付与し、さらには魔力精製を阻害する技である。この技の最大の特徴は、敵がどれほど堅い鎧や鱗に守られていようと関係なく効果を発揮する点である。
ケグンダートは全身に走る悪寒とこみ上げてくる吐き気に耐えられず、地面に落ちてしまう。『貫』は効果の上限はあるものの、強大な魔力を持つ相手であればあるほど効果が上昇するので、ケグンダートのような魔族に対して非常に相性が良い。
「ま、魔力が練れぬ…。ぬかった…かよ…。」
勝利を確信した勇者達は敗北を認めざるを得ないケグンダートに油断なく近づく。その後ろには甲蟲王を倒した残りの仲間が立っている。
(信号弾は…まだか!ならば命在る限り足止めをせねばならぬ!)
ケグンダートは精神力で悪寒も吐き気も抑えつけて立ち上がった。槍と斧槍、そして盾を強化するための魔力は使えないが、同胞の逃げる時間だけは絶対に稼いで見せる。不退転の意志を以て、ケグンダートは槍を構えた。
「まだ動くか!生物としての格はあの竜並みよな!」
「こっからはコイツも死に物狂いで殺しにくるぞ!気張れや!」
「言われずとも!」
「わかってますよ!」
「行くぞ、皆!」
「「応!」」
最後の戦いは熾烈が極めた。ケグンダートの二槍流は技のキレ、緩急をつけるタイミング、虚実入り混ざった間の取り方、そのすべてが超一流だ。彼の攻撃は白竜の鱗の上からでも身体の芯に響く威力を誇るので、一太刀ごとに防御も神経をすり減らす。神通力を纏った剣で容易く両断出来るが、元々外骨格を変形させたものなので替えが利く。場合によっては槍を投擲して後衛を狙うので一瞬の油断も出来ない。
それでも勇者達の数の利は大きすぎた。そもそも万全の状態でも五対一を避けるために眷属を召喚したのだ。満足に能力を発揮できないケグンダートに勝ち目は無い。勇者の竜剣が、拳闘士の魔拳が、炎の魔術が、そして黄金の神通力が絶え間なく彼を襲うのだから。
「ここまで、か。」
盾を構えていた二腕は盾ごと切り落とされ、残りの二腕も傷だらけで握力がもう無い。袈裟掛けに切り裂かれた裂傷は深く、乳白色の体液がボタボタと垂れている。勇壮な角も傷つき、右脚には魔術によって穿たれた大穴が開いていた。
「ふぃ~。こんなに強いヤツと何度も戦ってちゃあ身が持たんぜ。」
「同感だ。また盾を買い直さねばならない。」
「無駄口を叩いとらんでさっさととどめをささんかい。」
勇者達も無傷では無かったが、回復魔術を使える『慈母』の存在が大きい。ケグンダートや白竜ルクスに彼らが勝利をもぎ取ったのは、癒やしを担当する者の有無であったと言っても過言ではあるまい。
勇者達に油断は無かった。しかし、安心していたことは間違いない。その一瞬を待っていたように一本の矢がオットーの頬を掠めた。
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