第11話燃える故郷 其の一

 魔術による絨毯爆撃は村の残った家屋を焼き尽くし、村人にも被害が出た。ケグンダートは人間どもがあっさりと同族を見殺しにしたことに驚愕したが、指揮官である彼が取り乱す訳にはいかない。彼は村全体に聞こえるように大声を張り上げた。


 「皆の者、脱出路から逃げよ!生き残ることを考えるのだ!逃げ切ったならば照明弾を打ち上げよ!戦士たちよ!我らで時間を稼ぐ!眷属を召還し、雑兵を足止めするのだ!我は魔術を使った者共を叩く!」


 ケグンダートは部下の返事も待たずに鞘翅を開いてマンセル村から飛び出した。蟲人の複眼は魔力の感知に優れているので、村を焼き払った魔術の起点を特定するくらい朝飯前だ。ケグンダートは村に近づく勇者の迎撃を開始する。マンセル村の争乱における最大の激戦が始まろうとしていた。




 フーランベルンは勇者達の魔術が炸裂した時、内心ほくそ笑んでいた。勇者は自分の演技にまんまと騙されて村人ごと蟲人を爆殺したようだ。戦の勝利は確定で、戦後処理のどさくさに紛れて村の財を徴収すればよい。しかも思わぬ収入の見込みもある。

 魔族の素材は高額で売れる。特に強力な個体が多い上に氏族で群れを成す蟲人はかなり珍品だ。もし生きた状態で奴隷化させれば希少価値はさらに高まって一生遊んで暮らせる金が手に入るだろう。


 「あまり欲張ってもいかんな。さて、勇者殿に生き残りの始末は任せて我らはゆるりと後片付けするとしよう。特に村人は上手く処理せよ。」

 「はっ!」


 あれだけの魔術を食らったのだから、蟲人は魔術師を警戒し、元気な個体はそちらに向かうだろう。その間に数に物を言わせて弱った蟲人を始末するつもりなのだ。

 フーランベルンの頭の中は村人がいなくなった後のマンセル村をどう利用するかでいっぱいになっていた。


 「ん?なんだ?黒い…霧?」


 蟲人は一般的に魔術が苦手だが、その代わり眷属の召喚に長けている。眷属とは、その蟲人の近親種の蟲のことだ。強大な力を持つ蟲人であればあるほど強靭で特殊な能力を有する蟲を大量に呼び出せるのである。

 ケグンダートを含めてもマンセル村にいる戦士階級の蟲人は十数人、村人と非戦闘員の護衛を除けば殿として村に残ったのはたったの六人だった。しかし五千を足止めするのには十分な人数だった。


 「う、うわぁ!なんだなんだ!?」

 「うげっ!気持ちわ悪!」


 残った蟲人はそれぞれチョウ、ガ、ハチ、バッタ、カマキリそしてクモの蟲人だ。彼らは自分の眷属をありったけ召喚してフーランベルンの軍勢にけしかけた。

 幻覚、あるいは睡眠作用のある鱗粉を撒き散らすチョウとガ、致死性の毒針を射出する巨大なハチ、弾丸の如く飛びかかるバッタ、正確に急所を切り裂くカマキリ、そして粘着質の糸を吐き出して足止めするクモ。黒い霧に見えたのは総数十万を超える蟲の大群であったのだ。


 「あ…キレイな…世界…廻る…?」

 「あああ!痛ぇ!痛ぇよぉ!」

 「た、盾が壊れ…グボッ!」

 「腕が!俺の腕がぁぁぁ!」

 「なんだよ、これ!?動けねぇ!誰か助けてくれ!」


 視界を埋め尽くす蟲の猛攻に、フーランベルンの軍は恐慌状態に陥った。その混乱に乗じて蟲人達も参戦する。チョウとガの美しさを備えた曲剣が、ハチの毒を流し込む槍が、バッタの強靭な脚を包む戦闘用ブーツが、カマキリの鋭利な鎌が、そしてクモの牙の如き双剣が敵の命を確実に奪っていく。

 この阿鼻叫喚の地獄で、フーランベルン達指揮官らの蟲人に対する知識不足が招いた当然の結果だった。大量に眷属を召喚できる蟲人は個にして群なのだ。魔術の援護無しに蟲人の戦士と戦うならば、最低でもその千倍以上の人数が必要不可欠なのだ。

 怒れる蟲人の殺戮は、結果として撤退の合図があるまで繰り広げられた。この戦闘でラスラ砦の五千の兵士は半数が死亡、残りの半数が後遺症が残り、さらにその半数以上が重傷を負う大惨事であった。

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