第9話魔蟲の将 其の四
蟲人がマンセル村に住み着くようになって一週間が経った。今の所大きなトラブルも無く、平和に共存関係を築いていた。
村の要塞化は着々と進み、取りあえず村を囲う木製の塀は完成した。蟲人の体力に人々は驚かされたという。同時に進行する地下の脱出路も完成間近で、各家から森の向こう側まで真っ直ぐ逃げることが可能になった。
村人も負けてはいない。今は農閑期であるので農業を実際に教えることは出来ないが、どの種を何時蒔くべきか、育てるには何に注意すべきかなど、口頭で伝えられる情報を詳細にレクチャーした。
他にも村の大工が簡易住宅の建築を、女たちは機織りの技術を指導していた。蟲人は殆どが武人気質というか、とにかく真面目なので非常に教え甲斐がある。
「フッ!シッ!イヤァ!」
「踏み込みが甘い!」
「グゥッ…。ま、まだだ!」
そんな中で村の外れではケグンダートによってザインが打ちのめされていた。これは暴力などではなく、ザインが望んだ稽古だった。
ルクスが死んだことから立ち直ったザインだったが、彼女がいなくなったことで毎日狩猟に出掛ける必要がなくなって手持ち無沙汰になってしまった。
何かする事が無ければまた負の感情に飲み込まれると思ったザインは、彼女の遺言である長生きを実現するため、とりあえず肉体的な強さを求めたのだ。
「その意気や良し!だが、そろそろ昼飯時だ。休憩としよう。」
ザインは黙って頷くと他の蟲人に混ざって昼食を食べた。ケグンダートたちは村人に作って貰ったスープを美味そうに啜っている。野菜や肉を細かく刻んで長時間煮込んだドロドロの液体を漉してできた黄金の液体は、どの蟲人も味わったことのない美味さだ。
「人間とは素晴らしいものだな。この料理という概念は、我等には無いものだ。」
「まったくですな!そのままでは食えぬものでも手を加えれば平気になる。食えるものが増えることが斯くも喜ばしいとは思わなんだ!」
蟲人たちがワイワイ騒ぎながら食事している中で、ザインは先程から黙ったままだった。自分から稽古をつけてくれるように頼んだのだが、大人の異種族に一人で混ざるのはハードルが高かったのだろう。
「ザイン君。先程の訓練だが、何か掴めたかね?」
所在なさげなザインを見かねたのか、ケグンダートは彼に声をかけてきた。せっかくの会話に混ざるチャンスを活かそうとザインは勇気を振り絞って答えた。
「あの…僕にはどんな武器が向いているのでしょうか。初日からがむしゃらに木剣を振り回していますが…どうもしっくりこないというか…。」
「ふうむ。確かに一理ある。どこか動きがぎこちない気がするな。しかし、汝の戦いにおける才能はなかなかのものだ。それはここにいる皆が認めている。ならば武具が汝に合っていないというのは正しいかもしれん。」
ケグンダートの言葉に蟲人たちは一様に頷く。自分たちの稽古の傍らでザインを観察していたようだ。
「よし!では午後の訓練はどういうスタイルが最も適しているかを調べる時間に充てるとしよう!」
ザインが午後の訓練で色んな武器を試した結果、彼は体格に対して大きめの剣と鈍器の二刀流が最も適していることが判明した。蟲人は大半が四本の腕を持つので、左右に武器を持って戦う者が多い。そんな戦士に囲まれていたことが、二刀流が身につく下地になったのかもしれない。実際、ケグンダートなどは右に槍と盾、左に斧槍と盾を持つ二槍二盾流とも言うべき堅牢無比なスタイルを得意としていた。
「よし!今日はここまで!」
「「ありがとうございました!」」
己の戦い方を掴んだザインは、毎日足腰が立たなくなるまで稽古に励んだ。竜になった影響か、ザインは異常なペースで強くなっていく。
稽古を始めて一ヶ月、遂にケグンダートから一本とることに成功した。
「おぉ…見事!御見事なり!ザイン君、いやザイン!よくぞここまで鍛え上げたものよな!」
「ありがとうございます。」
今ではもうすっかり村人と打ち解けた蟲人たちだったが、稽古とはいえ戦士達と互角に渡り合えるザインは非戦闘員の蟲人から一段上の存在と見なされるようになった。流石は強さを信奉する魔族である。
「では、もう一勝負といこうか!」
「お願いします!」
木剣と木槍を二本ずつ構えた二人は真剣勝負ばりに集中し、互いの気を読み合って仕掛けるタイミングを図る。
「大変だ!大変だ!」
負担の間に流れていた静寂をぶち壊したのは村の若者であった。どうやら王国方面の警戒網に馬に乗ってこちらに来る団体が引っかかったらしい。
これは非常にまずい。村を囲う塀は完成したのだが、今のままでは村人が待避するまでの時間稼ぎにもならないだろう。
ケグンダートは蟲人に村からの一時退去と森での待機を命令し、聴覚の優れた蟲人の戦士は自分と共に村のすぐ外に隠れて様子を窺うよう指示を出した。
「国王陛下の民たる村人どもよ、刮目せよ!このお方は国境守備の最前線であるラスラ砦、その守護を陛下より拝命されたフーランベルン閣下である!」
一歩前に出た武官らしき男が高らかに宣言したことから察するに、一番偉そうにふんぞり返っている口髭を生やした貴族がそのフーランベルンに間違いない。国境守備の隊長が変わったので顔見せに来たのだ。
「これはこれは。私がマンセル村の村長で御座います。フーランベルン閣下、この度のご就任、誠におめでとう御座います。」
村人の正直な心境を言えばさっさと帰ってほしいのだが、波風を立てる訳にはいかないので村長は適当におだててあしらうことにした。
だが、前任の不真面目だが悪人ではない国境守備隊長とフーランベルンは大きく異なるタイプの人物であることを誰も知らなかった。
「うむ。村長よ、我が輩は魔族の被害が無いからといって警備を怠るような無能とは違う。数十名の騎士をこの村に常駐させよう。」
「…それはそれは。有り難いことで御座います。」
「当然よな。そこで、だ。常駐させる騎士の装備を充実させるため、資金を各村から臨時徴収しておるのだ。」
「なっ!?」
村長以下全ての村民が言葉を失った。正直なところ、マンセル村の住民は王国に忠誠心など持ち合わせていない。むしろ、村の守護神であった白竜ルクスを殺した仇敵である。そんな王国が恩着せがましく『騎士を配置してやるから金をよこせ』と要求しているのだ。
「ああ、それとな。最近は盗賊の類がこの辺りをうろついておるらしいぞ?もし騎士がおらなんだら、お主らが危ないとは思わぬか?」
「そうで、ございますか。」
フーランベルンの瞳に燃える欲望の炎を村長は見逃さなかった。いや、わざと気付かせたというのが正解だろう。おそらく盗賊など端から存在せず、金を出さないなら盗賊のふりをした兵士に略奪させると脅しているのだ。
「うむ。お主らの安全のためじゃ。払ってくれるな?」
「…もちろんお支払い致します。」
「よしよし。他の村とは違うて素直で良いぞ。」
レグルス・フーランベルンはこれまでの誰よりも欲深い男であった。彼はフーランベルン伯爵家の三男坊で、家督はすでに兄が継いでいる。実家は彼に騎士の称号と国境警備の隊長職を与えて彼を家から追い出した。
国境警備など聞こえはいいが、魔王の動きがない現状では、決して大した地位とはいえない。しかし、彼はこれを好機と見た。中央の目が届かないこの場所ならば、実家が用意した私兵の戦力を活かして田舎者から好きに搾取できると考えたのだ。国境周辺の村から搾取するプランをすでにいくつも考案し、実行に移していた。
「村長。閣下が国境守備隊長に就任なさった祝いの宴が本日ラスラ砦にて行われる予定だ。そこで給仕を雇いたい。」
「うむうむ。若く見目麗しい娘がよいなぁ。」
フーランベルンが連れて行った娘にさせるのが給仕だけではないことは、その下卑た眼が物語っている。
「申し訳ありませんが、この季節、女衆は男なんぞより仕事が多いので御座います。我らの生活が懸かっておりますれば、何卒ご容赦を…。」
「ほう?我が輩の頼みが聞けぬと言うか?…おい。」
フーランベルンが顎をしゃくって指示すると、取り巻きの一人が馬から降りて村長の前に立った。すると、鋼鉄のガントレットをはめた拳で村長の顔面を殴りつけた。
「「村長!?」」
殴り飛ばされた村長はうつ伏せになったまま動かない。素早く駆け寄って介抱しようとした村人に、村長を殴った男はいつの間にか抜いていた剣の切っ先を向けた。
「貴様等のような下賎な平民如きが我が輩に逆らうな。大人しく命令に従え。逆らうことは許さん。お前たち、適当に娘を見繕って連れていくぞ。」
「はっ。」
フーランベルンの命令に応じた取り巻きたちが次々と馬から降り、剣を抜いて村を物色しようとした矢先、暗褐色の槍が騎士の鎧を貫いた。
「な、なんだ!?」
「閣下!う、上です!」
マンセル村に颯爽と現れて悪徳軍人にして貴族に鉄槌を与えたのは、勇者でも英雄でもなく、魔族の将軍・ケグンダートであった。
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