第8話魔蟲の将 其の三

 ケグンダートは約束の日の正午きっかりに村の前までやって来た。今回も前回と同じ二人のアゲハチョウの蟲人を連れて来ている。一方のマンセル村は住民総出で出迎えた。代表である村長が一歩前に出ると、ケグンダートに頭を垂れた。


 「ようこそいらっしゃいました、ケグンダート様。我々マンセル村の住民一同、魔王様の庇護を得たく存じます。」

 「よろしい。これよりマンセル村は魔王様の名代として我、ケグンダートが守護の任に就く。同時に我等への農業指導、よろしく頼む。」


 ケグンダートは村長の肩に手を置くと頭を上げさせて握手を交わす。ケグンダートの手は三本指で、どれも鋭利な爪でできている。人間のそれとは全く異なる異形の手を、村長は迷うことなく握りしめた。

 こうして、王国の領土であるはずのマンセル村は魔王の庇護下に置かれることになる。これは村人による実質上の反逆行為なのだが、それを承知の上でのことだった。



 それからケグンダートは村の長老衆と共にこれからの防衛と技術協力について具体的な協議を始めた。最大の論点となったのは、王国方面の防衛だった。

 マンセル村から街道を南に真っ直ぐ進むと大規模な砦がある。その名をラスラ砦と言い、築かれたのは王国成立以前の古い代物だが、魔王軍との戦争に備えて設計された堅城だ。最大収容数は五万、辺境警備として一万の兵士が常駐している難攻不落の砦である。

 だが、着工した時の国境に位置するのでマンセル村のような今の国境に接する村からはかなり離れている。特に魔族の被害が皆無であるマンセル村には兵士の巡回は無く、王国からやってくるのは徴税官だけであった。

 幸いにも税は秋に徴収されており、次の納税までは時間が十分あるので、その間に蟲人が村を急ピッチで要塞化させ、同時に万が一の場合に備えた魔王領への脱出路を造ることになった。それが完成した暁には魔王の軍勢を動員して砦を奪取するらしい。魔王には砦を攻略する策が有るので心配無用とのことだ。

 また、人間の技術についてであるが、農耕だけではなく織物や建築の技術も取り入れたいとのことだった。話を聞くと魔王のような強力な魔族は魔術で城を建てることも出来るが、そこまで強力な魔術は使えない、あるいはそもそも魔法が使えない魔族は大半が掘っ建て小屋に住んでいるらしい。種として人間よりも頑丈な魔族はそれでも大して困らないが、より快適な家に住めるのならその方がいいに決まっている。

 織物に関してはそんな文化自体ないそうだ。蟲人のように服などよりも余程頑丈な肌を持つ種族には無用の長物であろう。服を纏う種族も居ないことは無いものの、彼らの服といえば専ら革製品で、それも単に魔獣などの革をなめしただけの質素でみすぼらしいものに過ぎない。布を作る技術も知識も無いのだそうだ。蟲人には自在に糸を吐き出せる個体もいるので是非学びたいとのことだ。

 協議はとんとん拍子に進んだが、細かい部分まで話を詰めたので夜遅くまで続き、ケグンダート達三人は村に泊まることになった。彼が仲間に魔術で今日の決定と早速明日から必要になる人員を寄越すように連絡した後、歓迎の宴会が開かれた。

 三人の蟲人は意外にも固形物を食べられないのだという。考えてみれば当たり前で、カブトムシとチョウである彼らは液体しか受け付けないのだ。

 その結果、宴会の料理のほとんどが自ずと煮込み料理やスープになった。樹液を主食とする彼らに人間の作った料理が合うか不安はあったが、思った以上に好評だ。何よりも酒がお気に召したようで、是非とも作り方を教えて欲しいと村長にかけあっていた程であった。




 夜が明けて朝になると村の入り口付近に約四十名ほどの蟲人が整列していた。内訳は戦闘員十名と残りが技術習得の目指す有志達だ。

 表情が解りづらいが、彼らからはやる気と熱意がヒシヒシと伝わってくる。マンセル村と魔族の交わりはここから始まるのだ。

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