第4話思い出の竜 其の三

 勇者一行は村はずれにある森の手前で止まると、『白炎』グルミンが探査の魔術を使うことになった。森は魔王領との国境にあたるのだが、森の全域は一応王国の領土である。魔族が潜伏するとすれば、この森しかない。故にグルミンが放った探査魔術は森全域と森に接する魔王領を範囲として設定した。

 ここまで大規模な魔術には膨大な魔力を必要とするが、勇者の仲間であるグルミンからすれば大した量ではない。魔力を瞬時に練り上げると、早速魔術を行使する。すると、とてつもなく強力な魔物の反応を察知した。


 「オットーよ!この森には途轍もない化け物がおるぞ!」

 「いいねぇ!大将、討伐しちまおうぜ!」

 「ヤムさん…もっと慎重にぃ…。」


 アイシャはヤムを窘めるが、グルミンの探査魔術は強さのイメージを仲間と共有することが可能だ。彼女も勇者と共に幾つもの修羅場をくぐって来た経験で危険を感じ取っていたからこそ、討伐のための慎重論を唱えるのだ。


 「だが、放っておくわけにもいくまい。我らがここにいたのは行幸だ。マンセル村の者たちはよほど運がいいと見える。」

 「…よし。行こう。ただ、ここから魔術の使用は無しだ。相手の力は魔王の側近クラスに違いない。何故そんな大物が単体で潜んでいるのかはわからないが、相手はすでにこちらを警戒している可能性を考慮すべきだ。ヤム、いけるか?」

 「当然よ!任せな大将!」


 ヤムは拳闘家だが、偵察もこなせる器用な男だ。彼は音をなるべく立てず、安全に目的地へと向かうルートを本能的に察知できる。まるで獣のような男であった。

 勇者オットーたちはヤムの後ろから森に入っていく。余り身体能力が高くないアイシャやグルミンに合わせてゆっくり進むと、彼らは開けた場所に出た。その広場の奥には大きな洞窟があり、強大な存在はその中に潜んでいるようだった。

 勇者たちはアイコンタクトとハンドサインを駆使して洞窟の中に潜入した。罠を警戒してのことだったが、罠など一つもなく一本道が続くのみであった。ここまで何もないことにどういう意図があるのか解らず、警戒レベルを数段引き上げた矢先、洞窟の最奥部に到着した。


 「おいおい、マジかよ。」

 「おお…!これは…!」

 「嘘!まさか、こんな短期間に二匹も!?」

 「命を懸けることになりそうだな。」


 洞窟の最奥部は神秘的な空間であった。広さは直径百二十メートルの円形で、高さは十メートルほど。洞窟の天井の一部が崩落しているのか、外から一条の光が差し込んでいる。静寂に包まれた空間に、一つの巨体が蹲っている。それは白銀の鱗と翼、そして三本の角を生やした白竜ルクスであった。


 「ドラゴン…最低でも百年は生きとる大物じゃ。これはここで討ち取らねば必ずや災いを起こすことになろう。」

 「わかっているさ。幸い、向こうは気づかずに寝ているみたいだ。だったら…!」

 「大将の神通力、だな。」


 話は終わったとばかりに皆は洞窟の鍾乳石の陰に隠れた。オットーの攻撃に巻き込まれないようにするためである。オットーは体内の神通力を一気に練り上げると腰に差した剣を引き抜き、剣先を白竜に向けた。


 「魔族よ、食らうがいい!」

 『何!?』


 オットーの声に反応したのか、彼の攻撃に反応したのかはわからないが、ルクスは飛び起きると飛び上がって回避した。オットーが生み出したのは大鷲の形をした空気の塊だった。真っ直ぐ飛んでくる大鷲を紙一重で躱したルクスだったが、回避した直後の安心による油断が命取りとなった。


 『うぐっ!う、後ろから!?』


 自分の脚の下を掠めて飛んで行ったはずの大鷲は急旋回してルクスの背後に回り込むと彼女の翼膜に大穴を開けた。気が狂いそうなほどの激痛に苛まれたが、理解不能の術を使う男とその仲間たちは容赦なく自分に襲い掛かって来た。ルクスは全力で戦わねば生き残れないことをこの段階で悟った。そして翼に穴を開けられた今、その判断は余りにも遅すぎた。





 激戦であった。皆の武具はボロボロで、もう使い物にならない物もあった。特に常に前に出て仲間を守る盾の役割を全うするユリウスなど、両手に抱えていたタワーシールドを破壊されたにもかかわらず、その身を挺して白竜の尻尾による打撃から仲間を庇って直撃した結果、身に着けていた全身鎧も粉々になっている。


 「よっしゃぁ!勝ったぜぇ!」

 「どうしてそんなに元気なんですかぁ?私はもうヘトヘトですよぉ…。」

 「はははっ。やっぱりヤムは戦闘中毒だなぁ。」

 「よく言うぜ。大将だってやり切った顔してるぜ?」


 生き残った勇者たちは互いに健闘を称え合い、体力が回復するまでしばし歓談していた。


 「よし。そろそろ行こう。予定外の大物と出くわしたおかげでスケジュールが厳しいからね。」

 「はぁ。お風呂に入りたいですぅ。」

 「ひっひっひ。あの竜の血肉や鱗…研究しがいがありそうだよ。持って帰ろうや。」

 「言うと思ってましたよ。でも、他の荷物の邪魔にならない程度ですよ?」

 「わかってるわかってるさね。ひっひっひ。」


 グルミンは不気味な笑みを浮かべながらルクスに近寄ると、数多ある裂傷の中で骨まで達した大腿部の傷口に解体用のナイフを突き立てた。そして慎重に、かつ嬉々としてルクスから戦利品を剥ぎ取る。

 大腿部とその周辺から回収したものは体表を覆う白き竜鱗、鱗が高密度で固まった竜殻、オットーの剣をもはじく角、大理石の如き大腿骨、そして強大な魔力秘めた血液の五種類。

 そして最後にルクスの金色に輝く眼球をほじくり出した。死してなお輝き続ける竜の眼球は『竜玉』と呼ばれ、この世で最も神秘的な宝玉と知られているのだ。


 「こんなもんかね。この目玉を献上すれば国王も少々の遅れは許してくれるだろうよ。」

 「うぇっ…生き物の解体作業はいつ見ても慣れないですぅ。」

 「ガハハハハ!そんなんじゃ肉も食えやしねぇぜ?」

 「何でもいいが早く立ち去ろう。俺は丸腰になっちまってるから武具を補充したいしな。マンセル村に戻るか?」


 オットーは少し悩んだものの、首を横に振った。


 「こんなボロボロの僕たちが村へ行けば彼らはこう考えるだろう。『王国の最高戦力ですら苦戦する化け物が近くにいたんだ』ってね。また立ち寄るとも言っていないし、無駄に不安を煽る必要は無いよ。」

 「むぅ…。じゃあ私の防具はどうすればいいのだ?」

 「別のルートで砦に戻るしかないだろう。どちらにせよ回復薬も使い切ったから補給しないといけないしね。」

 「任務の期限は確実にオーバーすることになるが、仕方ないかの。」

 「王様だって竜の目玉を受けとりゃぁ許してくれんだろ。気楽に行こうぜ!」


 ヤムの陽気さに釣られるようにオットー達も余裕を取り戻した。彼らはこれ以上の長居は無用とばかりに洞窟から出て行った。

 五人は最後まで物陰に隠れて震えていた少年に気がつかなかった。

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