第3話思い出の竜 其の二

 ルクスの洞窟から外に出たザインは、洞窟の入り口に隠していた弓矢を担ぎ、早速狩りに出掛けた。本来、マンセル村は冬を凌ぐのに十分な食料の備蓄があるし、畜産によって肉も手に入るので狩人という仕事は不要だ。

 だが、村の掟に『平時、家畜の肉を白竜様へ献上するべからず』というものがある。これはルクスへの敬意を忘れないための戒めだ。実際、収穫祭で振る舞われる豚肉をルクスは美味しいと言っていたので食べられない訳ではない。

 ルクスへの敬意と感謝を保ち続けるための掟は他にもある。例えば、『既婚かつ未婚の子を持つ女は持ち回りで親子で白竜の水浴びを助けるべし』などだ。今でも、村の女子供はこの掟を嬉々として果たしている。村人がルクスをどれほどの敬愛しているかがわかるだろう。


 「よし!頑張るぞ!」


 今日こそは大物を仕留めて見せるのだと気合いを入れ、ザインは森の奥地へと入っていった。

 もし、ザインがこの時点で忘れ物でもして村へと戻っていたなら、彼の人生は大きく変わっていただろう。人類の苦難の歴史をもたらす事件の幕が、マンセル村で人知れず上がったのだ。




 勇者。その称号を名乗る資格を持つ者は世界に数人しかいない。なぜなら、神獣の加護与えられた者のみが名乗ることを許されるからだ。

 神獣というのは黄金の角と純白の毛皮、そして真紅の瞳を持った生物のことである。顕れる時の姿はまちまちで、本来は角が無い動物の姿をとることもしばしばである。

 神獣は勇者の適性がある者の前に顕れると、その角で勇者を貫く。すると不思議なことに痛みはなく、角と共に神獣は勇者の体内に入っていく。そうして勇者は神獣の加護を得て神通力を取得するのだ。

 神通力というのは神獣に認められた存在、即ち勇者だけが使える力だ。魔力とは根本的に異なるこの力は謎が多く、未だにその本質は解明されていない。勇者毎に能力が異なるらしいが、凄まじく強力である事だけは共通している。

 神獣たちの人を見る目は確かであり、勇者に選ばれるのは必ず高潔で優れた才能を持つ若者だ。勇者となった者は必ず数人の気の置けない仲間と共に偉業を達成する。ある古の賢者は、彼らのことを『運命の申し子』と呼んだ。




 マンセル村に五人の男女が訪れたのはちょうどザインが洞窟でルクスと戯れていた時であった。男女は皆それ自体が輝きを放っている装備で身を固めていた。村人の誰もわからなかったが、彼らが身に付けていたのは魔具と呼ばれる特定の魔術の力を内包する武具である。

 魔術の効果を定着させるには大量の触媒と長い時間がかかる上、成功率も低いので、魔具は大した効果のないものでも非常に高価だ。五人は全身に魔具を装備しており、さらにその効果も強力なものばかりだった。これだけの装備を揃えるには国家予算級の経費がかかる。

 彼らは王国最高戦力である『大鷲の勇者』オットー・ガイム・ヴェイバーとその仲間達である。『音速拳』ヤム・サンス、『鎧城門』ユリウス・ワイゼルン、『慈母』アイシャ・ラウス・ファンダ、そして『白炎』グルミン・デンファウスト。一人一人が二つ名を持つ程有名な一騎当千の強者たちである。


 「私は国王の命により派遣されたのだが、村長を呼んで頂けるだろうか?」


 勇者のパーティーは例外なく強い。本気で戦えば一軍に匹敵する戦力であるという。そんな彼らが辺境のマンセル村に来たのには当然理由があった。

 王家の紋章が入った羊皮紙を見せられた村の警備は、そうとう慌てたのか転がるように走っていった。すると時を置かずして村長がやってきた。


 「私がこのマンセル村の村長でございます。騎士様がこんな辺鄙な場所にどんなご用で?」

 「初めまして、村長殿。私はオットー・ガイム・ヴェイバー。国王陛下の命でこの地に参った次第です。」

 「なっ!もしや、あなた様は勇者様ではないですか!?」

 「村長さんよぅ、大将は勇者って呼ばれるのが苦手なんだわ。だからオットーちゃんって気安く呼んでくれ。」

 「ヤム…その話し方はどうにかならんのか?」


 オットー達は軽口を叩いているが、村人からすれば気が気ではない。王国の最高戦力の頼もしさと恐ろしさはここまで伝わっているのだ。いささか以上の尾鰭がついているが。


 「我々の目的はこの地方の調査です。先日、王都に魔物が襲来して大きな被害が出たのです。よって、魔王領付近に異常がないかを確認に来た次第です。」

 「ひひひ。私の探査魔術を使うから調査は今日中に終わるさ。安心しなよ。」

 「私たちがこの村に立ち寄ったのは、あなた方の村に何か被害があるかを調べるためでもあるんです。ここ一ヶ月で魔物の被害に遭っていませんか?」

 「いいえ、ありませんぞ。なあ、みんな?」


 村長は当然の如く否定し、村人も同調する。マンセル村は白竜の加護によって守られている。魔物の被害など数代前まで遡らねばなるまい。

 ただ、ここで互いの認識の齟齬が発生したことに誰も気が付かなかった。勇者たちはマンセル村以外の辺境に赴いたことがある。その経験上、収穫期から冬にかけて魔物の被害が増加することを知っている。マンセル村のように広大な土地で大規模な農業を行っているならばなおさらだろう。

 勇者たちはでの被害が無いのだと思い込んだ。これまでの村の歴史上、数えるほどしかないなど思いもしなかったのだ。そして、村人はドラゴンが一般的には魔族の一種としてみなされること、そして先日王都を襲撃したのがドラゴンの劣等種であるワイバーンであったことを知らなかった。


 「わかりました。言うまでもないことですが、魔物にはご注意ください。」

 「もちろんでございます。それで、今日はこの村にお泊りになるのでしょうか?村には宿もありますが…。」

 「おおっ!それじゃあ遠慮なく…。」

 「いえ、お気持ちだけで結構です。他の村も見て回らねばなりませんので。」


 勇者オットーは恨みがましい目を向けるヤムを意識の外に置き、丁重に断ると早速使命を果たすために村を出た。村人たちは紛れもない英雄を、武運を祈りつつ笑顔で送り出すのだった。

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