第6話 奴隷を仲間に

 俺は奴隷市場で、豚のように太った奴隷商人に声をかけた。

 

 100人の奴隷を欲しいと吹っかけて、奴の返答を待つ。


「私はアイリス商会の会員でしてね? ヤーポン商会とも取引させて頂いています。ヤーポン商会の奴隷保有数は世界でも五本の指に入るほどでして。アイリス商会を通じて、ヤーポン商会に声をかけてみます。それと、名刺を渡しておきます」


 肥満でパツパツになったシャツの、胸ポケットまさぐる。


 商人は名刺入れから名刺を出すと、俺に手渡した。


 奴が、一番俺に近づいた瞬間だ。


 俺は催眠眼の射程距離に入ったと確信した。


 フードを取り、奴と視線を合わせる。


 うまくいけば、催眠状態に落とせる。


 俺は全魔力の1パーセントほど解放し、催眠眼の威力を高める。


 この肥えた奴隷商の魔法抵抗が低ければ、俺の操り人形は確定だ。逆に、魔力抵抗が低すぎれば頭が破裂して死ぬことになる。


 さて、どうなるか。


 俺は奴と視線を合わせ、奴が俺の魔法に嵌るか見る。


 じっくりと見るが、奴から少しだけ知性の色が失われている。しかも奴の目に俺の魔力が宿っている。多分、催眠眼が成功している。


 一応、試してみるか。


「聞きますが、あなたが用意した奴隷はタダで譲っていただけるんですよね? この私に」


「タダで? ええもちろんですとも。タダでお譲りしましょう」


 効いているようだ。


「馬車もいただけますか? その馬車でヤーポン商会の奴隷がいる場所に連れて行ってもらいたいのですが」


「馬車は可能ですが、申し訳ありません。ヤーポン商会の奴隷がいる場所は、私も分かりません」


 こいつでは役不足か。ヤーポン商会はかなり闇が深いからな。そう簡単に尻尾はつかませないか。


「知っている人はいますか?」


「アイリス商会の会頭が知っているでしょう。紹介いたしますよ」


「では、お願いします。あと、そこに立っている貴方の奴隷は私に下さい。奴隷紋を刻み、主人を私に書き換えてくださいね」


「もちろんですよ」


 ちょろいな。


 やはり市場の人間は警戒心が低い。


 それなりの魔法抵抗を持つアクセサリーをしているが、無駄だ。高ランクの冒険者や、聖騎士でない限り、防げない。一般人が俺の魔眼を防ぐなら、超高級魔導具が必要だ。


 

 ★★★



 肥えた奴隷商人の名前は、聞かなかった。名刺も見なかった。


 俺はこいつを豚商人と呼んだ。


 豚商人からは、きちんと奴隷紋の書き換えをしてもらった。


 俺の血を数滴、奴隷たちに飲ませ、俺を主人とする奴隷契約を結ばせる。


 簡易契約の為、命までは拘束できないが、かなりの命令を下せるようになる。


 普通の人間なら簡易契約で事足りるが、豚商人が売っていた目玉奴隷、竜人はだめだった。彼は歴戦の竜戦士だ。竜人の男で、身の丈2メートル半はある。


 そいつだけは簡易契約ではだめだ。なので、爆裂式の奴隷首輪を巻かせる。それで物理的に奴隷として働かせる。無理に外せば爆発するし、命令を拒めば爆発させることが出来る。


 その竜人は、俺と豚商人の一連の流れを見ていたので、怪しんで聞いてきた。


「一つ聞くぞ少年。お前、人間じゃないな」


 どうやら催眠眼を見られていたようだ。俺の催眠眼はまだ完全じゃない。射程内の一人だけしか催眠をかけられない。誰かに現場を見られていても、俺と視線を合わせたわけじゃないから、そいつは催眠にはかからない。


「やはり、見ていたのか竜人」


「当たり前だ。目の前に立っていたのだからな」


「近くにいても、俺の力に気付かない奴は多い。ごく自然流れで相手を陥れるからな」


「竜人の目はごまかせん」


「さすがだな。とにかく、俺のことは、誰にも言うな。仕事が終わればお前たちは全員解放する」


「解放だと? 俺たちをか?」


「そうだ。俺は奴隷が嫌いだ。奴隷になる奴も、する奴も。だから奴隷はなくす」


 俺の前に立つ竜人は、俺をいぶかしげな眼で見ている。


「カルドーマはどうした。あそこで下を向いたまま動かないぞ」


「カルドーマ?」


「そこに立っている豚だ」


 竜人は豚商人を指さした。どうやら豚商人は、カルドーマという名前らしい。おれは奴の名前など覚える気はない。豚商人でいい。奴だが、涎を垂らして地面を見つめている状態だ。


「俺が地面を見ていろと命令した。だから地面を見ている」


「魔眼使いか」


「ほう? 魔眼だということを見抜いたのか? 理解が早くて助かる」


 それなりの戦場をくぐってきたんだろう。竜人は魔眼のことも知っていた。


「それで、俺たちに何をさせる気だ?」


「アイリス商会を壊滅させる。その後にヤーポン商会を壊滅させる。お前は使えそうだから、ヤーポン商会壊滅まで手伝ってもらう。お前の後ろに立っている女子供は、ここで奴隷解放する。残った男奴隷は俺の手伝いだ」


 俺は竜人に言い切ると、奴は笑っていった。


「本気かお前。気でも狂っているのか? 子供一人でそんなことが出来ると? ピルリカ商会は分からんが、ヤーポン商会は国とつながっている大商会だぞ」


 鼻で笑っている竜人に、俺は見せつけた。


 俺の持っている魔力と、質を。周囲の空間が歪むほどの、大魔力を。


「がっ!!?」


 竜人は俺の魔力に当てられ、膝をつく。


 これ以上魔力を放出すると、この地域の警戒魔力線に干渉する。そうなると、聖騎士たちがすっ飛んでくる。俺は魔力線に触れる前に、魔力を引っ込めた。


「くっ。なんという」


「どうだ? 俺の魔力は。竜人のお前でもきついだろう?」


「魔力に当てられただけでこの俺が。貴様、将軍、いや、魔王並みの魔力か?」


 魔王がどういう奴かしらんが、俺の魔力はすでにハイドラゴン100体でも収まらない。けた違いの魔力だ。10年の修行で、俺の魔力は倍々ゲームで膨れ上がっていた。


「やると言ったらやる。お前は使えそうだから、手伝え。あと、そうだな。後ろにいる盗賊っぽい男もだ」


「ひっ!」


 裸で立たされていた奴隷がいた。中年男性の奴隷だ。少しだけ腹の出たその男は、元盗賊らしい。俺を見ると恐怖していた。姿形が子供でも、発する魔力から、人間でないと分かったらしい。


「誰かに喋ったら、殺す。黙って従え」


 俺は盗賊風の男に言うと、にやっと笑う。俺の笑みに、男は小便を漏らした。全裸で立っていたので、非常に見苦しい。


「俺は、俺をこうした奴らを許さない。この世界が変わるか、俺が死ぬか、それまで俺は戦い続ける」 


 孤児院では、俺は何もできなかった。


 せっかくできた友人も、実験で死んでいった。俺に出来た、初めて友人たちだったんだ。


 俺のことを忌み嫌わず、優しくしてくれたんだ。


 親の復讐のこともある。


 俺には、戦うだけの理由が、腐るほどある。


「悪いが、付き合え」


 

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