第3話体育と退屈

あの夜、2日前の稽古をサボったことを誰も怒らなかった。


父の家臣の者は勇悟を責め立てることなどできない。勇悟の父である十蔵の反感を買う真似は決してしない。少なくとも犬神家の者と古牙咲夜の前では絶対にあり得ない。


父も特別勇悟に声をかけたりはしない。稽古をサボるなど何度もしてきたうえに、才能のない勇悟には興味がないからだ。実の息子であることはなんの利点もない。犬神家率いる獣人族組織、関東獣人会にとって不利益になりかねない勇悟は常にのけ者扱いされていた。


犬神家の将来を不安視する家臣や、犬神家が十蔵から勇悟に代替わりした後の弱体化した犬神家の実権を握ろうと影で暗躍しようとする者は少なからずいる。勇悟にとって安息の地は学校にしかなかった。


特になにもない無味乾燥な日々。転校生香月 由紀が初登校した一昨日。稽古をサボった一昨日。ゲームセンターのコインゲームで大儲けした一昨日。なにも変わらなかった一昨日。


人間誰しも自分があたかも特別な存在であると勘違いしているのではないだろうか。勇悟はその考え方を否定しないし軽蔑もしない。


フツウニナリタイ


自分は特殊の中の凡庸たる存在。獣人の長の子だけど才能に見放された子。ただの変なやつ。


自分を否定すれば普通になれる。だから稽古をサボる。





「勇悟、今日は稽古にでなければだめだ」


昼休み、咲夜が勇悟に稽古に出ろと促す。その大人のような口調に嫌気が指す。


「俺には関わらないほうがいいって言っただろ」


「それは、無理だ」


咲夜は珍しく強く言った。


「何故だ」


「友達だからだ」


「友達なら俺の邪魔はするな」


「香月を観察することの邪魔はしていない」


香月を観察すること…意識しているつもりはなかった。無意識になぜか、非物理的要因が自分の体に作用し彼女を観察するように仕向けていた。と、言い訳をするのはよした。


別に見てねえよ。と答えた。


はっきりと見ていたのだが勇悟は頬を赤らめそれを否定した。


「香月はもう普通に溶け込んだな」


咲夜は普通にという言葉を強調した。まるで勇悟に対する当てつけのごとく嫌味のように言った。


「あいつはクラスの人気者になるよ。顔もいいし常に笑顔だし、優しいし。男女分け隔てなく平等に接して…」


そこでは勇悟は口を止めた。まるでずっと彼女を見ているかのように口振りに勇悟自身ですら驚いた。


「お前もしかして」


アイツノコトガスキナノカ


そう言いかけたのだろうが、咲夜は最後まで言わなかった。近くに香月 由紀がいたからだ。そういった気が利く面が咲夜にあることを勇悟は関心した。


香月 由紀は今の話を聞いていたのだろか。それはまずい。勇悟はさらに顔を赤く染めて机に顔を伏せた。


「昨夜、これから休み時間に俺の席に近くのはよせ。俺たちは目立ってはいけない」


「ああ」


咲夜は寂しそうに自分の席へと戻った。


勇悟は昼休みの残りの時間を使って今日の稽古はどうやってサボろかと考えていた。


が、特にいい案は浮かばなかったので今日は稽古に出ると決めた。


ー5時間目 体育ー


獣人にとって普通の人間と体育の授業に参加することは至難の技である。なぜなら獣人の運動能力が並の人間より遥かに優れている為、力加減が難しく少し熱くなり本気でスポーツしようとするととんでもない珍事が起こりかねないからだ。


身長170センチ前後の勇悟がバスケの試合中にダンクシュートを決めた時は咲夜に、いつも目立つなという癖にお前は目立ち過ぎだ、なんて怒られ肝を冷やしたこともある。


今日も適当に流してサッカーに参加すればいい。ポジションはキーパーかディフェンダーがいいかな。でも、サッカー部のエース吉田 甲子 (よしだ こうし)の鼻を折ってやりたいから1点もくれてやるつもりはない。など考えていた。


グランドには大小2つのサッカーコートが用意され、男女で別れて使用する。


女子は吉田 甲子の活躍を一目見ようとこちらを覗き込んでいるのがわかる。


香月も見ているのかな。


体育の授業は2クラス合同で行うため男子はおおよそ40人くらいいる。その40人をAからDの4チームに分け総当たり戦を行うのが今日の授業だ。


勇悟と咲夜はCチームとなり、初戦で吉田のいるDチームと戦うことになった。願ってもいないチャンスだ。試合開始の前に昨夜があまり目立つなと念を押すように言ったが適当にハイハイと言って流した。


勇悟と咲夜は共にセンターバックのポジションについた。


「ごめん、咲夜。今日に限って手加減は出来ない。吉田をサッカーで倒す」


「オーケイ。それでもやりすぎ注意。それと」


「今日俺は稽古にいく。Dチームに勝って最高の気分で」


先生がホイッスルを鳴らして試合が始まった。Dチームの先行でキックオフ。Dチームにはサッカー部員が5人もいて、そいつらを中心にパスを回す。


他の連中は後ろの方で暇そうに試合の様子を見ているか、隣のコートの女子を見ていた。


初心者主体のCチームでは部が悪く、ボールを目で追い回すので精一杯なメンバーは数分足らずで肩で息をしていた。


そして、、、


ピイィというホイッスルが響き、スコアボードに1という数字が書かれた。Dチームにゴールを決められた。点を決めたのは吉田だった。


2列目から絶妙なパスが通り、裏抜けした吉田は迫る咲夜を鮮やかなルーレットで交わしシュート。ボールはゴール右端に弾丸のような勢いで突き刺さり、女子の目線を釘付けにした。そして、ゴールネットからボールを取り出し、勇悟と咲夜の方を見て笑顔を見せた。勇悟はそれを見て怒り狂った。


「おい、咲夜お前ふざけてるのか。だったら邪魔だ。でて行け」


「ふざけてなんていない。俺は俺らしくプレーするだけだ」


「お前は腹が立たないのか。あいつを見ろ。吉田を。ゴールを決めても喜びもしないあいつの態度。それどころかこっちを見て煽ってきやがる」


「確かにあいつはなんか変だ」


「変なのはお前だ。これで燃えなかったら男じゃねえ」


「わかった協力しよう。もう絶対に抜かれやしない」


咲夜の言葉を聞いて安心した。これで思いっきりやれる。


またホイッスルがなり、今度はCチームの攻撃が始まり、、、ものの数秒で終わる。


それでいい。そうでなければ吉田の悔しい顔が見れない。奴の攻撃を止めて自信喪失した顔を皆に見せてやる。


「勇悟熱くなりすぎ。どうしたんだ今日は?」


「吉田には借りがある。その借りを返すだけだ」



Dチームは芸のないパス回しをまた始めた。おそらくスペインサッカーを気取ったスタイルで攻めたいのだろう。それにしてはディフェンスラインが低めで中盤がガラ空きになっているのが目につく。初心者相手だから問題はないだろうが。


右、左、中、そして右。5人の経験者がパスを回していくCチームの両サイドバックは彼らの動きを捉えられず疲れ果てて手を膝についていた。


勇悟と咲夜はペナルティエリアギリギリまで下がり、吉田へのラストパスを待っていた。


相手はまだパスを回してCチームを疲れさせることを狙ってきて、焦ったく思えたがぐっと堪え待った。


そして、右サイドからのこれまた絶妙なパスを受けた、ミッドフィルダーの田中がドリブルを開始し今にも吉田へとパスを出そうとしている。


「今だ‼︎」


勇悟の声と同時に勇吾と咲夜は走りだした。


田中がパスを出す時に吉田がディフェスラインよりもゴール側にいたらオフサイドになる。


吉田は田中が出したボールに関与することはできない。もちろん吉田はそんなルールなど知っているが、相手は初心者であるからオフサイドトラップなど使ってこないだろうと決め込んでいたためにまんまと罠にかかった。


勇悟と咲夜は目にも止まらぬスピードでフィールドをかけ抜ける。全力で走ったので砂埃が上がってしまい、吉田が咳き込んでいた。


「まさかトラップ仕掛けてくるなんて驚いた。ゴッホ、それに今のスピード信じられない。ゴッホ、ゴッホ。でも次は負けない。もう一度勝負だ」


吉田の敗北宣言を聞いたら顔がニヤつくのだろうと思っていたけれど、彼が意外に素直でいいやつなんだと知って勇悟拍子抜けした。吉田はただ女子に好かれたいキザなやつだと思っていたのに。


試合の残り時間はあと5分。適当に凌いで終わらせよう。


結果CチームはDチームに5体0の大敗を喫した。


勇悟は久々に全力で運動できて満足していた。半年前の吉田への借りが返せていないことは気残りだが、今度はこちらも素直に接してみるのも有りかもしれないと勇悟は思った。


なんてことを考えながら廊下を歩いていたら「犬神君」と呼ぶ声が聞こえた。振り返るとそこには吉田とそれに香月 由紀がいた。


「駄目じゃない。力を使おうとしたら」


香月は確かにそう言った。


「力?なんのこと?」


勇悟はとぼけるように返答する。心臓の音がはっきりと聞こえる。いつもより早く揺れる。


「犬神勇悟君、君は狼男ね。隠しても無駄。今日のことではっきりしたわ」




-月の下で踊る狗-


















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