突然の帰省―3
公一郎はほぼ毎日のように部屋の窓から時雨と会っていた。そんなわけで、片方が出掛けていたりして部屋にいない時はなんだか寂しく感じることもあった。だから、ついさっきまで会っていたとしても、部屋に入ると自然と相手の部屋を見てしまっていたのだ。
「なあ、時雨…時雨!」
あれは中学三年生の頃だろうか。あれも八月のお盆辺りでまだ涼しい午前中、公一郎は夏休みの宿題に追われていた。時雨も同じようで、窓越しに机に向かっている姿が見える。
「何?」
窓を開けていた時雨は鬱陶しそうにしながらも直ぐに答えた。
「課題、何処まで終わった?」
公一郎は身を乗り出して時雨の方へ寄りながら言う。
「今英作文やってるとこ。夏休みの思い出を英作文にしなさいってやつね。これ楽勝だから早くやっつけようと思って。」
時雨は英語辞書をぱらぱらとめくりながら公一郎の顔も見ずに答える。
「なあ、時雨、課題協力してやろうぜ。」
公一郎はニヤリとしながら言う。
「はあ?」
時雨は公一郎をチラリと睨むように見てくる。
「俺はさ、英語苦手だから、英作文俺のも頼むよ、そのかわりさ、数学の課題俺やるよ。お前数学苦手だろ。この前の期末、数学だけクラスで下から数えた方が早い順にだったんだろ。」
「な…なんで知ってんのよ。」
やはり公一郎はニヤニヤとし続けている。
「俺はさ、英作文とかめっちゃくちゃ苦手なんだよ。でもさ、二人でやれば早く課題終わらせてさ、後はハッピーサマータイム!ってな。」
時雨は一瞬黙る。
「悪い提案じゃないと思うぜ。」
すると時雨もニヤリと公一郎の顔を見る。
「……乗った。」
「よしゃ!そうだ、今夜野芥神社の盆踊り、課題早く終わらせて行こうぜ。」
「あれ?今日だっけ、野芥神社のお祭り。」
「そうだよ。そうだ、広樹も誘わなきゃだな。そうと決まったらさっさとやるぞ!」
そう言うと公一郎と時雨は課題を交換し、それぞれ始めた。課題をしながらも、お祭りで何しようかとか、浴衣着て行こうかとか、そういう話をしながら、二人で課題を終わらせたものだった。
公一郎がそんなことを思い出していると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。はっと我に帰り返事をする。
「はーい。」
「公一郎、入ってもいいかい?」
午前中の家事を一通り済ませたのだろうか、美代子が公一郎の部屋へやって来たのだ。
「ああ…。」
美代子が部屋に入って来ると、何とも言えないような表情をしていた。怒っているのか、寂しがっているのか、嬉しいのか、どうともとれる表情だったのだ。
「どうしたんだよ?」
公一郎がそう言うと、今度は明らかに少し怒りの表情を美代子は見せた。
「どうしたじゃないでしょ!いきなりふらっと帰ってきて、なんだかよく分からないことに巻き込まれて、広樹君もなんだか大変なことになってるし…時雨ちゃん居なくなってからなんだか変なことばっかり。」
「そう…だっけ?」
「大体なんで今まで何の連絡も寄こさなかったのよ。こっちから連絡しても電話もメールも返事がないし。」
公一郎は気まずかった。まさか会社を辞めてフリーターになってバイトでなんとかやり過ごしているなんて言えなかった。
「いや…それは…。」
「会社、とっくの昔に辞めたんでしょ?」
「え!?」
公一郎は驚いた。これまでそんなこと言ったことなかったのになぜ美代子はそのことを知っているのだろうか。
「ちょっと前に、あんまりにも連絡が取れないから直接会社の方に連絡したの。そしたら秋本君ならもう退職してますって。なんで言わなかったのよ。」
公一郎は美代子の顔を見ることが出来なかった。まさかばれているとは思わなかったのだ。
「それは…。」
それ以上は公一郎はどう言っていいのか分からなかった。
「で、今はなにしてるの?次の仕事見つかったの?」
「今は…スーパーで……働いてるよ。」
公一郎はなぜだろうか、罪悪感に襲われていた。
「パートで?」
美代子はそういいながら大きな溜息をついた。
「まあ…そういうとこ…。」
それから少しの間会話が途切れた。
「それならさ、こっち戻ってきて、また就職活動すれば?こっちでだって最悪パートでなら働いていけるでしょう?」
美代子は情けないとでもいうような言い方でそう言ってくるが、もっともな意見だった。公一郎が地元から離れてわざわざバイトで生きて行く意味はないのだ。とはいえ実家に世話になるというのもなんだか気が引けた。
「公二郎は立派に社会人になったっていうのに…。」
そこで弟の名前を出されてもなんとも言いようがない。
「理系に進んだから安心だなんて…一体誰が言ったのかしらね。」
そんなこと誰が言ったんだと公一郎自身が思いながらもじっと黙っていた。
「まあ、今はとりあえずよく分からない状況になってるけど、収束したらもう一度自分の人生考えなさいよ。なんなら公二郎にでも相談したら?」
「ちょ!さっきから公二郎公二郎って!俺だって…兄貴としてのプライドがあるよ。」
「何がプライドよ。情けない……まあ、でも元気そうな公一郎の顔見れたから、安心はしたけどね。」
そう言いながら美代子は部屋を出て行こうとした。
「あ、そう言えば今日はどうするの?」
美代子は公一郎の方を見ながら言ってくる。
「今日は…とりあえずゆっくり休むかなって。仕事も激務続きだったし。」
「そう…今日は…神社の盆踊りの日らしいよ。」
それを聞いて公一郎ははっとなる。
「今日…だったんだ。」
そう言い残すと美代子はいつの間にか階段を降りていた。そして公一郎は思い付いた。
「そうだ…あいつを…時雨を連れていくか…。」
そうして公一郎はとりあえずひと眠りすることにした。
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