突然の帰省-2

 美代子は真っ直ぐに拓真を見て話を聞いていた。

「それではここで9時のお天気コーナーです。九州地方は晴れ、最高気温は…。」

テレビから流れてくる天気予報を見て公一郎はあることを思い出した。

「あ!仕事!どうしよう!」

その言葉に拓真は涼しい顔をして公一郎を見る。

「あ、その点は問題ありません。既に手を打ってあるので。」

その言葉に公一郎はキョトンとなる。

「そう…なのか?」

「はい、なので秋本さんは検体第一号の思い出作りに専念して下さい。」

「で、あの時雨ちゃんは、菜月さんの家に連れて行かなきゃいけないんでしょう?」

美代子は渋い表情で言う。

「ええ。それが自分の役目ですから。」

「それはそうと、広樹君は一体どうなってるの?草林君にはほんとに何も分からないわけ?」

「ええ、秋本さんを家に行く前に、広樹さんは一度自宅に戻りました。そこで僕はそのまま広樹さんと別れたんです。」

そこで公一郎は何か考えるように検体第一号を見つめる。

「ってことは、そんなに遠くに行っていない可能性もある?」

拓真はあの困った顔になる。

「それは…分かりませんが…。」

「とにかく、まずは菜月さんちに行かなきゃ。」

美代子は立ち上がりながら拓真と公一郎にそう言う。

「そうだ、まずはこいつを連れていかなきゃだ。」

公一郎も立ち上がり、検体第一号に近づく。その時、美代子は窓の外を覗くように見ていた。

「行くなら…今ね。また報道陣がやってきたら面倒だから。」

公一郎はその言葉を聞いて検体第一号の手を取る。座りこんでテレビを食いつくように見ていた検体第一号は公一郎の方を見る。その時、検体第一号はやはり不思議そうな表情で公一郎を見上げていたのだ。

「ほら…行くぞ…。」

公一郎は検体第一号を立たせようとする。

「あ、自分も行きます。また同じ説明をしなきゃいけないと思うんで。」

そう言って拓真も立ち上がる。

 拓真と公一郎、検体第一号の三人はすぐ隣の菜月家へ向かった。公一郎はインターホンを目の前にしているが、なかなか押せずにいた。

「秋本さん…そういうの意外とダメなタイプなんですね。」

「意外とは余計だ!だって、死んだはずの時雨を見たら…やっぱり驚くよな…。」

そう言って公一郎はまた息を整えようとしたその時だった。

「だあ!」

「ちょまっ!!」

公一郎が気づいた時には遅かった。検体第一号は手の平でインターホンを押していたのだ。

「おい…お前…。」

「はい?どちらさまでしょうか。」

インターホンから広恵の声がする。それに驚いたのか検体第一号はインターホンを覆っていた手の平を熱い鍋でも触ったかのように引っ込める。その瞬間だった。インターホンの向こう側からは受話器を落とす音が響いたのだ。恐らくカメラ越しに検体第一号の姿を見てしまったのだろう。

「あ、お久しぶりです。公一郎です。あの…見たと思うんですけど…すいません、詳しく説明したいんで…出てきてもらってもいいですか?」

「おい!広恵!どうした!おい!……わあ!」

今度は憲吾の声がする。憲吾もモニターに検体第一号の姿を見たようだった。

 それから少しして、勢いよく玄関の扉が開いたかと思うと憲吾が出てきたのだ。

「おい…なんなんだこれは!」

憲吾は怒っているような口調で検体第一号を見ながら言う。

「菜月さんですね?広樹さんが、約束を果たしたいからと…お連れしたんです。」

憲吾はその時はっとなり、険しい顔をする。その時だった。検体第一号は憲吾の顔を見ながらゆっくりと憲吾に近づいて行ったのだ。

「じゃ…だ…じゃ…じゃあ…ぱ…ぱ…。」

憲吾は険しい顔からいつの間にか涙を流していた。ゆっくり、ゆっくりと検体第一号に近づき、憲吾は門を開けると検体第一号の方に手をかけ、ゆっくりと自分の方へ抱き寄せて行った。検体第一号もそれに抵抗することもなく、じっと憲吾の方を見ていた。

 それから菜月家へ入ると、広恵も初めは取り乱していたがやがて落ち着きを見せ始めやはり公一郎の家へ行った時と同じように話が始まった。検体第一号は地面に座り、広恵と憲吾の顔をじっと見ている。やはりそれから拓真の話が始まり、広恵も憲吾もじっと聞いていた。

「それじゃあ…広樹君は私達の為に?」

広恵は話を一通り聞いてそう拓真に聞く。

「いえ、広樹さんはどちらにしろこの実験を進めなければならなかったのです。それがある突然、理由はまだ分からないのですが打ち切ることに。もちろんお二人との約束も果たさなければならないという気持ちはあったのだろうと思いますが。あの、広樹さんから、お二人が迷惑でなければこの検体第一号をお二人に預けてもいいかということでしたが?」

広恵と憲吾は顔を見合わせる。そしてそのまま検体第一号を見つめた。

「彼女は…時雨と呼んでもいいの?」

「はい、構いません。検体第一号というのは彼女個体の識別名です。呼び方はどれでもかまいませんよ。」

しばらく二人は黙り込む。暫くして口を開いたのは憲吾だった。

「分かった。広樹君はきっとあの約束をずっとずっと気にしてくれていたのだろう。私達はそのことさえ忘れてしまっていた。これは広樹君の気持ちでもあるんだ。今ああやって危険を冒しているのもこの為なんだろう?引き受けるよ。」

その言葉を聞いて拓真はほっとした表情になる。

「良かったです。きっと広樹さんも報われると思います。」

しかし公一郎は心の奥を針でつつかれているような気持ちになっていた。それが一体何なのかは分からなかったが、とても複雑な気持ちではあった。

「あと、自分は護衛を任されています。お二人には迷惑にならないよう、家の外の車の中に待機しています。先程も説明した通り、検体第一号…時雨さんはそう長くは生きられません。なので生きている間は。あとは、秋本さん、思い出作りよろしくお願いします。その時も自分が護衛に付きますので。」

それを聞いて公一郎はどっと疲れが出てきてしまっていた。

「なあ、拓真。今日は許してくれないか。明日からしっかりやるから、昨日からなんか色々あって疲れちまったんだ。今頭も働かないんだよ。」

「それじゃあ、今日は菜月さん達にお願いして、明日からお願いします。でも秋本さんも気を付けて下さい。状況が状況ですから。」

 それから検体第一号は憲吾と広恵に預けられ、拓真はバンを邪魔にならないところへ駐車し、公一郎は家へ戻った。公一郎は酷く疲れていた。

「公一郎、朝ごはん食べるかい?」

美代子は公一郎にそういう。こうして母親と話すのは本当にいつ以来だろう。久しぶりのはずなのに、美代子は以前と変わらないように話しかけてくる。

「ああ、貰うかな…。」

それから味噌汁とご飯、夕べの残りらしきおかずを軽く食べると、数年ぶりに自分の部屋に入る。朝の陽射しが入って暑かったので窓を開けると、向かいにはあの時雨の部屋の窓が見えた。公一郎は昔よくこの窓から時雨と話していたことを思い出していた。

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