突然の帰省

突然の帰省-1

 公一郎は自分の家を見つめながらまだ車から降りずにいた。かと思うと急にカーテンを閉め、顔を下げる。

「秋本さん、どうしたんですか。もう三〇分くらいそうしてますよ。」

「いや、分かってるんだ。ただ心の準備が整わなくて。」

「意外と…秋本さんもそういうところあるんですね。」

拓真は薄らと微笑みながら言う。

「どういう意味だよ、それ。」

その時だった。車のガラスを叩く音が聞こえ、公一郎は咄嗟に頭を下げる。公一郎からは見えないが、拓真からは助手席の方へ来ていたその人物が見えるらしく、助手席の窓を下ろす。公一郎は窓から流れ込んでくる外の熱気を感じ、じっと下を向いていた。

「すいません。また報道関係の方ですか?ならば申し訳ないんですけど、公一郎は今うちには居ませんから。」

この声は公一郎の母親、美代子の声だ。

「あ、いえ…自分達はそういうんじゃなくて。」

「ならここは駐車禁止です。あなた達もう三〇分くらいいますよね。他へ移ってもらえます?」

美代子は怒っているようだ。

「いや…だから自分達はここに用事があって…。」

「やっぱり報道関係者ね。だから、私達には何も分からないの…………あーーー!!」

美代子の声が途切れたかと思うと、急に悲鳴を上げた。公一郎は反射的に更に顔を隠す。

「ちょっと!?どういうこと!?どうして!!時雨ちゃんが?」

美代子は車に乗っていた検体第一号を見つけ、やはりそれだと勘違いし、パニックになっているようだ。

「あの…落ち着いて下さい。これは時雨さんではなくて…。」

「いやーー!!何よあんた達!え?え?どういうことよ!」

美代子は更にパニックに陥る。昔からそうだった。家の中でゴキブリでも出現しようものなら、まるでこの世の終わりのような狂い方をする。ここまで来るとおっちょこちょいという可愛らしい言い方も通用しないのではないだろうかと公一郎は昔から思っていた。

「ちょ…落ち着いて…秋本さん!ちょっと!公一郎さん!!なんとかして下さい!公一郎さん!」

公一郎はその時頭の中で「このバカ!!」と大声で叫んでいた。なんで今まで秋本さんと言っていたのを公一郎さんと呼ぶのか。これでは美代子に気づかれるではないかと思ったが遅かった。

「え!?公一郎!?」

「ええ、今後ろに…。」

美代子は開けられた窓から頭を突っ込み後ろの座席を見る。

「公一郎!公一郎なの!?」

公一郎はもう逃げられないと思い、ゆっくりと顔を美代子の方へ向ける。すると公一郎は美代子と目が合う。美代子はいろんなことにパニックになっているせいか、目を見開いて公一郎をじっと見ていた。

「あ…えっと…ただいま…。」


 公一郎、検体第一号、拓真はとりあえず公一郎の家へ上がり、リビングのテーブルに座っていた。時雨はリビングに座り、テレビを見ている。

「父さんと公三郎は?」

公一郎はカウンターキッチンの向こう側に居る美代子に話しかける。

「父さんは仕事、公三郎は予備校。」

美代子はお茶を運びながら言う。

「あれ?父さんまだ定年じゃなかったっけ?公三郎が予備校って?」

美代子はお茶を拓真と公一郎の前に置く。

「父さんは来年で定年。公三郎は部活が終わって、受験の為に予備校の夏休みセミナーに通ってるの。ずーっと連絡も寄こさなかったあんたには分からないでしょうね。」

公一郎はその言葉が胸に突き刺さる。

「そんなことより、どういうことか説明して。」

美代子は強気に言う。怒っているのだろうか。

「いや、だから…その。あれは時雨じゃなくて…広樹がさ…なんかこう…産んだって言うか作ったって言うか…。」

公一郎は気持ちの整理が付かないで上手く話せないでいた。

「ってか拓真、お前説明してくれ。」

公一郎は急に拓真にバトンを渡す。拓真は急な振りに驚いて公一郎を見るが直ぐに冷静になる。

「あ、すいません。自己紹介遅れてしまいました。自分は晴山広樹さんにお世話になっている草林拓真といいます。広樹さんの居る研究所でお世話になっていました。」

そのことを聞いて美代子は眉をひそめる。丁度その時だった、朝のワイドショーでまた広樹の報道が流れる。

「昨日全国指名手配犯となった晴山広樹容疑者ですが、ただいま情報が多く寄せられており、その中には悪戯や嘘の情報が多く、機関関係者は慎重に情報を選定しているということで、今のところ有力な情報はまだ見つかっていないということです。引き続き、この情報に関して提供を呼び掛けています。」

「ああ!ああ!」

検体第一号は画面に映る広樹の顔に反応しているらしい。

「母さん、ここにも取材と書くるの?さっき来るまで言ってただろ?」

一瞬テレビを見ていた美代子は公一郎の方を見る。

「そうだよ。広樹君のこと何か知らないかとか、公一郎は何か知ってるんじゃないかとか。昨日は一日凄かったんだから。多分今日も来るよ。まあ、広樹君の家はもっとすごいことになってるけどね。」

確かに広樹の実家は同じ町内だが公一郎と時雨の家からは離れている。町内の端と端に家があると言った感じだ。

「で、実際はどうなんだい?何か知ってるのかいあんた達は。」

公一郎は拓真の方を見る。すると拓真は思い出したように話を再会した。

「それが、自分もあまりうまくは説明できないのですが、あそこに居るのが広樹さんの行った研究の集大成だそうなんです。広樹さんは遺伝科学、遺伝工学ととにかく遺伝に関する研究をしていました。そこでお友達の時雨さんと別の生物の遺伝子を掛け合わせた生物を生成することに成功したんです。それがあの検体第一号だったわけなんです。しかし広樹さんはこの実験の成功を喜ぶどころか嘆きました。それがなぜなのかは自分にも分かりません。しかしあの検体第一号をこの世の中に産み出したからには産み出したなりの責任があると言って、あの検体第一号を逃がす計画を立てたのです。もしあの検体第一号が研究所にいたなら、恐らくそれこそ検体として扱われる為実験されるだけの身体になってしまうでしょう。なので広樹さんはこの検体第一号に一つの生き物として、人として精一杯生きさせて欲しいとこちらに連れてきたわけです。」

美代子はその話を胡散臭そうに聞いている。確かにいきなりこんな非日常的なことに巻き込まれれば無理もない。実際公一郎でさえまだ完全にこの状況を受け入れられた訳ではないのだから。

「なんだか難しいことはよく分からないし、話だけ聞いてもよく理解できないけど、とりあえず草林君は広樹君が今どこに居るのか知ってるのかい?」

すると拓真はテレビに映る広樹の写真を見ながら再び話を始めた。

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