検体第一号ー3

 しばらくして公一郎は検体第一号を連れてバンまで戻ってきた。

「あ、秋本さんお帰りなさい。結構手間取ったんですね。」

「ん?………ああ。」

「もしかしたらと思って、様子を見に行こうかと思いましたよ。万が一のことがあったら困りますからね。」

「ああ…トイレの仕方教えてたんだ。時雨は直ぐに覚えたよ。」

公一郎はなんとなく遠くを見るようにそう言う。

「そうですか。それはよかったですね。なら次はもう大丈夫ですね。」

「ああ。」

拓真も公一郎の言葉にはなんとなく引っかかっているようだったがあまり追求はしなかった。

「このまま順調にいけば、後二時間もあれば着きますね。」

すると公一郎は我に返ったように携帯電話の時計を見る。すると時刻は深夜一時を回ろうとしていた。

「ちょ、ちょっと待て。だったら着くのは三時とかになるってことか?」

「ああ…ええ、多分そのくらいかと。」

「それは…ちょっと。ここで少し休んで朝出ないか?多分今ついても皆寝てるよ。」

「確かに。そうですね。そうしますか。」

拓真も納得し、受け入れる。

「それじゃあ、朝六時頃の出発でどうでしょうか?」

拓真は公一郎を見ながら言う。

「そうだな。それならいいと思う。」

公一郎もそれならばと快諾する。

 そうして拓真も公一郎も仮眠を取ることにしたが、検体第一号だけはずっと寝ていたせいか起きていた。しかしその辺は赤ん坊と違い、空気を呼んでいるのかやはりじっと窓の外を眺めていた。

「時雨?」

公一郎は検体第一号の後ろ姿に声をかける。すると今度はそれに反応して振り向いたのだ。検体第一号はやはり不思議そうな顔をしている。

「し…ぎゅれ?」

検体第一号は慣れない発音で繰り返す。

「時雨。そう…お前の名前だ。」

公一郎は検体第一号の目を見ながら言う。

「し…しぐれ?」

「そう。俺は…俺は…。」

公一郎は自分の名前を教えようとしたのだがなぜなのだろうか、言うことが出来ない。

「こぅ…ちゃ…。」

公一郎は驚いて検体第一号の方をじっと見る。

「今…公ちゃんって言ったのか?」

すると、公一郎は検体第一号が一瞬微笑んだように見えたのだが、窓の外の月明かりが逆光で上手くその表情を見ることが出来なかった。なぜだかその時だけ月が異様に明るく見えたのだ。

「こぅ…ちゃ…こう…ちゃ…こう………ちゃん。」

「時雨…。」

いつの間にか公一郎は月の光に吸い込まれるように眠ってしまった。

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