公一郎の後悔
広樹、時雨、公一郎の三人はいつまでも一緒だと思っていた。この一言だけ言ってしまえば実に安っぽい感じはする。しかし、事実高校へ上がる時も高校の選択肢は沢山あったし、それぞれが別々の高校へ行ってもよかった。特に広樹は頭もよかったのだから有名進学校へと進むこともできたはずだ。それを安全圏狙いだという理由で公一郎と同じ高校を受験し、時雨もまた自宅からも近く、どうしても公立高校へ行きたいということから、近くの県立早良丘高校へと進学した。更には大学も地元を考慮した結果、三人ともに国立博多大学へと進学を決めたのだった。
「ここまで来ると腐れ縁だね。」
大学の入学式、華やかな服装の時雨が悪戯な笑顔で二人に言う。
「ほんとだな。腐れ縁だ。産まれてからずーっと一緒だもんな。そんなに二人とも俺のことが好きか!」
と調子よく言うのは公一郎だ。
「何言ってんだよばか。」
冷静にそう言うのは広樹だ。
「なんだよ、今日は入学式だぞ!めでたい日なんだぞ!そんなこと言うなよ。」
公一郎がそう言った瞬間だった、二人の方を見て歩いていたせいもあるのか、近くにいた人にぶつかってしまった。
「いって!」
その人物は前のめりに転んでしまった。
「あ!すいません。大丈夫ですか!」
「もう、公ちゃんがちゃんと前見てないからだよ。すいません。大丈夫ですか?」
そう言いながら時雨は咄嗟に倒れた人物に駆け寄る。
「ったく。お前は浮かれ過ぎだ!」
広樹は公一郎にそう怒る。
「いっててて…。」
倒れた人物はゆっくりと顔を上げ、時雨を見上げると二人ともに「あ!」と声を上げる。その様子を広樹と公一郎は不思議そうに眺める。
「おい…知り合いか?」
広樹は時雨に聞く。
「知り合いかって…ちょっとあんた達覚えてないの!?」
時雨は知り合いのようだが広樹と公一郎は見覚えなどなかった。
「時雨ちゃん?」
その人物は目を丸くしたまま言う。
「ほら、中学の時の由里ちゃんだよ。皆川由里子!」
名前を聞いても二人ともピンとはこないようだった。なにせ二五〇名近く生徒がいたのだから全員を覚えているわけではない。しかし公一郎の方はなんとなく思いだした。
「ああ…そう言えば…いた…気がする………そうだ!皆川さん!眼鏡デブスの皆川由里子!」
「公ちゃん!!」
時雨はすごい剣幕で公一郎に怒鳴る。
「あ…ごめんごめん。いや、でも全く変わってるからぜんっぜん分かんなかった。」
すると由里子は苦笑いする。
「そんなことないよ。由里ちゃんは前から可愛かったよ。ねえ。更に綺麗が上乗せされたんだよ。」
すると由里子は少し恥ずかしげな表情を見せた。
「そんなこと…ないよ。中学の頃は皆からデブとかブスとか言われてたから…高校デビューしようって思って…。」
「確かに…あの頃の面影はない。」
「公ちゃん!いい加減にしなさい!」
「あ…わりいわりい。」
「でも俺も分からなかったな。」
広樹も由里子のことを見ながら言う。
「ほんと、男ってやつは、女をどう見てるんだか。由里ちゃんも博大だったんだ!」
「うん…そう…。時雨ちゃんも?」
由里子は少し嬉しそうな表情で時雨を見ている。
「そうだよ。私獣医学部なんだけど、由里ちゃんは?」
すると由里子の表情は更に明るくなる。
「え!?私もだよ!獣医になりたくて獣医学部受けたの!」
「ほんと!偶然だね!私も嬉しい!」
「うん!一緒の学部で良かった。私友達いなくて不安だったんだ。二人はなに学部?」
「ああ…この二人は…なんだったっけ?」
「生物遺伝科学総合学部。」
広樹はさらっとそう言う。
「ああ、それそれ。」
時雨は興味なさそうだ。
「二人とも?」
由里子は二人の顔を見ながら言う。
「ああ、俺も同じだ。」
今度は公一郎が由里子の顔を見ながら言った。
「あ、そんなことより、入学式始まっちゃうよ。行かなきゃ。」
時雨が腕時計を見ながらそう言って足早になる。
「由里ちゃん同じ学部だから一緒に受付に行こう!」
すると由里子は嬉しそうな表情になる。
「うん。」
その日の夜。公一郎の家では三人が同じ大学に入学したということでお祝いが行われた。三家族とも昔から仲が良かったのでこういうことはしょっちゅうだった。由里子も誘ったのだが、由里子は別に用事があると言うので来ることはできなかったのだ。三家族の大宴会は夜更けまで続き、片付けも終わると広樹は家族と共に帰った。その後、時雨も帰ろうとしたのだが、公一郎に呼び止められた。
「時雨…ちょっと俺の部屋いいか?」
「え?」
時雨の家族は先に帰り、公一郎は時雨を自分の部屋に連れていく。
「いつ以来だっけ…受験前くらいだから、最後にこの部屋に来たの半年前くらいか。まあ隣だからいつでも来れるんだけどね。ってか話なら窓からすればいいのに。」
そうなのだ、公一郎と時雨の家は隣同士で、部屋も隣。公一郎の部屋の窓の数メートル先には時雨の部屋の窓がある。なのでよくこの窓から時雨と公一郎は話をしていたのだ。公一郎は窓から向かいのその窓を見ている。
「あ…うん。そうなんだけどさ…せっかくうちに来たんだから…なんとなく。」
「ふーん…そっか。」
その後は何故か言葉が続かなかった。なぜだろうか、普段は特に気にもせずに気軽に話せるはずなのに、なんとなくその部屋にはいつもと違う空気が流れているような気がした。時雨にも公一郎にも、なんとなくどこかでその雰囲気の意味を捉えながらも二人は黙っていた。
「あの…さあ、特に何もないなら帰ってもいい?私今日疲れちゃってさ。」
そう言葉を切り出したのは時雨だった。
「時雨…俺さ…時雨に…言いたいことがあるんだ。」
その瞬間また何とも言えない空気が部屋中に流れる。
「な、なによ…。」
しかし公一郎は再び窓の外を見たまま動かなくなった。
「公ちゃん。なによ。何もないなら本当に帰るよ。」
しかし時雨は帰りたいというよりもその状況をなんとなく理解してその場に居たくない気持ちになっていたのだ。その時だった。公一郎がこっちを振り返ったかと思うと、いつの間にか時雨は座っていたベッドに仰向けになり、目の前に公一郎の顔があった。一瞬にして時雨は状況を把握し、公一郎を跳ね除けようとする。
「ちょっと公ちゃん!!何考えてんのよ。」
時雨はやはり公一郎跳ね除けようとするが、力が入らない。というよりも入れるのを拒否しているようにも思えた。公一郎はそのまま時雨のことをベッドの上で強く抱きしめる。
「時雨…俺…お前が好きだ…ずっとずっと前からお前のことが好きだ。」
時雨は公一郎に抱かれるがままになる。公一郎ももう一生離さないと言わんばかりに強く時雨を抱きしめる。
「公ちゃん…。」
「時雨…。」
「公ちゃん…。……。」
しかし、公一郎はずっとずっとその時のことを後悔していたのだった。
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