検体第一号
検体第一号-1
公一郎、拓真、検体第一号を乗せたバンは福岡へと順調に向かっていた。時雨と瓜二つの検体第一号がぐっすりと眠るっている中、拓真は広樹との関係を公一郎に話していた。その時だった、車内に別の声が聞こえてくる。
「んん…。」
拓真の話を聞いていた公一郎は声のする方を見ると、検体第一号が身体をよじらせていた。
「…起しちゃいましたかね?」
拓真はバックミラーで後ろを確認しながら言う。検体第一号が顔を顰めた時、公一郎は妙な感覚に囚われていた。まだ寝ている間は人形か何かのようにそこに無機質な何かがあるだけだと勝手に自分の中で判断していたのだが、いよいよ目覚めて対面するとなると緊張なのか喜びなのか不安なのか、自分でもよく分からない感情が渦巻いていた。ただ一つ言えるのは普通ではいられないということだけだった。車内は静まり返っている。その中ゆっくりと検体第一号は目を開いてゆく。公一郎は心臓が高鳴っているのが分かった。そうだ、彼女は時雨本人ではない、何もドキドキする必要なんかないのだ。彼女を時雨だと思わなければいい。ただ似ているだけの他人だ。
やがて検体第一号は目を開くと、眩しいというような表情を浮かべ周りをゆっくりと見回す。その中で初めに目に飛び込んできた公一郎をその目で捉え、じっと見つめる。公一郎は一気に顔が引きつっていた。公一郎もその目をじっと見つめる。するとその瞳の奥から公一郎の中に時雨と広樹と過ごしたあの頃が一気に戻って来るのを感じた。時雨がこの世からいなくなってから思い出すのさえ辛くなり、いつの間にかバイトが忙しいと言い訳を付けて蓋をしてしまった記憶が、この検体第一号の目を見つめるとそれがまるで鍵にでもなっていたかのように一気に開いてしまったのだ。公一郎はしばらく何も言えなかった。
「あ…あ…。」
何を言おうとしているのだろうか。自分でもよく分からない。
「あ…し…ぐれ…?」
公一郎が初めに放った言葉はそれだった。やはり公一郎は目の前の検体第一号を時雨として捉えてしまっていたのだ。検体第一号は不思議そうな表情で公一郎を見ている。拓真は二人の再会を邪魔しまいとしているのか黙って前を見て運転を続ける。と、その沈黙を破るように「ギュルギュル」と車内に音が響く。同時に検体第一号は悲しそうな表情を浮かべる。
「あ、そう言えば。」
初めに言葉を放ったのは拓真だった。
「広樹さんから一応道具一式預かって来たんです。後ろのシートに積んであります。恐らく検体第一号の食事やなんかが入ってると思うんです。お腹…空いたんでしょうか?」
そう言うと公一郎は反射的に後ろのシートを見る。そこには大きなバッグあ置いてあった。
「この黒いバッグか?」
「あ、それですね。」
公一郎は後ろの座席からバッグを引っ張り上げると、自分の横に持ってきて中身を確認する。するとその中には赤ん坊の離乳食や大人用のおむつや簡単な着替えなどが入っていた。
「そうか…身体は大人だが、まだ赤ん坊と同じってわけなんだな。」
「そうですね。自分にもよくは分かりませんが、恐らくは。食べ物自体は僕達と同じものを食べれるそうなんですけど、いきなり食べると胃腸を悪くするから、初めだけその離乳食を食べさせてあげればいいみたいです。」
「そうか…。」
その様子を検体第一号はじっと見つめていた。
「しぐ…お前…食べるか?」
一度は言ってしまったものの公一郎はまだ検体第一号を時雨とは呼べない。一度は死んでしまった人間なのだ。そう簡単に受け入れられるわけがない。検体第一号はキョトンとした顔で公一郎を見つめている。
「ちょっと待っててくれ。」
そう言うと公一郎はバッグからレトルトパウチのお粥とプラスチックの椀、スプーンを取り出す。こういう準備の良さは広樹らしい。そう言えば小学生の頃、遠足で公一郎がシートを忘れ、もういいやとその辺に座ろうとした時、広樹はこんなこともあろうかと大きめのシートを持ってきたと言って公一郎もシートに入れてくれた。そんなことを思い出しながら、温め不要と書いてあるお粥を椀に注ぐ。検体第一号はその様子を興味深そうに見つめている。
公一郎はスプーンでお粥を救うと、検体第一号の口元まで持って行ってみる。すると、初めは少し警戒していたがゆっくりとそれを口に含むと、それをゆっくりと口の中で転がし、のみ込む。それが食べ物だと認識したのか、今度は嬉しそうにまだくれというような表情を公一郎に向ける。その時、少し落ち着いていた公一郎の胸は再び高鳴っていた。
「う…待てよ。今食べさせてやるから。」
「ああ…ああ!」
まるで赤ん坊のように検体第一号は声を出す。公一郎は検体第一号におかゆを食べさせた。
「ああ…ゲホ…グヴッ!」
「ああ!おいおい。」
勢い良く食べたからだろうか、検体第一号はお粥をのどに詰まらせて咳き込んでしまい、胸のあたりに少し吐き出してしまった。
「そんなに急ぐから!」
公一郎は丁寧にもバッグに入っていたウェットティッシュを取り出し、検体第一号の胸のあたりを拭こうとしたが、一瞬戸惑ってしまう。いくらこういう状況とはいえ、成人女性の胸だ、やはり触るのには抵抗があったが、それは仕方ないと思い拒否する腕を必死に伸ばし、胸のあたりの吐きこぼしをふき取ると、ついでに口の辺りも拭いてやる。
「ああう…ああう…。」
検体第一号は何かを言いたいらしいがまだ今の段階では分からない。
「ったく…。」
言いながら公一郎は残りのお粥を時雨に食べさえてやると、検体第一号は再び眠そうな目つきに変わっていた。
「お前…まだ寝るのか?」
「多分、もうそろそろちゃんと起きていられるようになるんじゃないですかね。最後のひと眠りだと思いますよ。」
そう言ったのは拓真だった。
「お前もよく知ってるんだな。」
「一応、一通りの話は広樹さんに聞いたんで。ただ、自分みたいなばか頭にはこんな感じでしか理解できなかったですけどね。」
そう言い間に検体第一号は再び眠りに就き、バンは更に福岡へと進んでいた。
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