草林拓真ー4
このような嫌がらせは広樹に地味に続いたが、広樹は気にも留めなかった。もちろん研究が忙しくそれどころでなかったということもある。しかし、拓真は違っていたようだった。ある日、広樹が研究に行き詰まってしまい少し頭をスッキリさせようと研究所内の中庭を歩いていた時だった、芝生の木の下に拓真がうずくまるように座っているのを見かけ、広樹は何気なく拓真に近づいて行った。
「拓真。」
その声に反応して拓真はゆっくりと顔を上げる。その顔を見た時、広樹は少し驚いた。疲れきってげっそりとしていたのだ。
「あ…広樹さん…。」
更には泣いていたのだろうか、目を赤く腫らしていた。
「おい、どうしたんだ。お前入院してた時よりも顔色悪くなってるぞ。」
すると拓真は精一杯の笑顔を広樹に向け、広樹を安心させようとしているようだった。
「すいません…また心配かけてますね…自分。」
「何があったんだ?」
そう言いながら広樹は拓真の隣に座る。
「あ…いえ…大したことじゃないんで…。」
やはり拓真は精一杯の笑顔を向けるが、その顔も引き攣っている。
「言え。そんな普通じゃない顔見せられて大したことじゃないなんて思えるかよ。もし言えるなら言え。誰にも言える奴いないんだろ、あそこはクソ上司しかいないようだし、言ったらスッキリする。聞いてやるから言え。」
すると拓真は必死で作っていた笑顔を解き、一度広樹から目線を外す。
「最近…まともに飯食ってなくて…。」
「飯食ってない?」
「はい…最近食堂に行くと…いっつも自分の分が無くなってたり…捨てられたりしてて…。」
隊員達は食事は朝昼晩と配給制なので常に施設内にある隊員専用の寮で食事が出される。他の時間に外へ簡単に買いに行くことが出来ないのでその食事だけが頼りとなる。それが食べれないとなれば絶食しているようなものだ。
「おい、なんだよそれ、じゃあもう何日も食べてないって言うのかよ。」
「あ…いえ…夜中とかにこっそり食堂に行って…残飯とか少し…。」
そう言いながら拓真は顔を伏せる。
「俺が言ってやる!そんなのただのいじめじゃないか!俺がお前の上司に言ってやるから!」
すると拓真は急に顔を上げ必死な表情になる。
「いえ!やめて下さい!そんなことしたら広樹さんまで酷いことを!それに、自分が悪いんです!自分が食堂に行くの遅いから…だから…だから…。」
しかしその声は震えていた。広樹も冷静に考える。こういう場合相手にそんなことを言ったって逆効果だ。拓真への嫌がらせが激化するだけに決まっている。そんなこと広樹はよく分かっていた。そう、あの時と同じなのだから。そう思いながらどうしようもできない自分に、あの時と同じ情けない感情が心のどこかで渦巻く。広樹は顔を伏せている拓真の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。そこから身体の微妙な振動が手に伝わってくる。恐らく小さく泣いているのだろう。そうやって見ている横顔にいくつかのあざを見つける。
「拓真…お前また殴られたのか?」
しかし拓真は黙っている。
「俺には…弟がいたんだ。弟も…いじめられてた。」
それを聞くと拓真は少し顔を上げ、広樹の方を向く。
「なんだかお前見てると…その弟のこと思い出しちまってさ。」
しかし広樹はそれ以上何も言わなくなってしまった。その寂しげな広樹の横顔を拓真はじっと見つめた。拓真は広樹が何か考え事をしているのだと分かり、しばらくして拓真が口を開く。
「あの…弟さんは…。」
「死んだよ。」
答えが帰って来るのが早かった。恐らく聞いてはいけないことだったのではないかと拓真もまた黙り込んでしまう。
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