甦るー2
公一郎が時雨に似た人物の横顔をじっと見つめていると、やがて運転席のドアが開いて拓真が戻ってきた。
「すいません!お待たせしました。」
拓真はシートに座ると、助手席からノートパソコンを手にとって電源を付け始める。
「出発する前にちょっと準備を。まずは広樹さんから動画を預かっているのでそれを見て下さい。」
電源が付くと手早く何かを打ち込み始め、少しして拓真は公一郎にパソコンを手渡す。
「あ、車発進させるんで、車酔いには注意して下さいね。」
そう言うと拓真は車を発進させた。
公一郎は手渡されたパソコンに目をやっていた。動画のウィンドウが画面に広がり、画面上はまだ真っ暗だったがやがて動画が始まると、そこにあのテレビで見たのと同じ懐かしい顔が出てくる。広樹だ。公一郎は黙って画面を見つめていた。
「あ…えっと、久しぶり…。こういうの初めてだから分かりにくいところもあるかもしれないけどあんまり時間がない、とにかく俺の話を聞いてくれ。」
画面の中の広樹は少し緊張しているように見えた。
「今これを見ているのは公一郎、お前でいいんだな。そして、検体第一号にはもう会ったのか?」
「検体第一号?」
検体第一号とは一体何なのだろうか?
「あ、検体第一号ってのは彼女のことです。」
音声を聞いていたのか、運転していた拓真が答える。やはり隣の人物は時雨ではないらしい。
「驚いただろう?お前、時雨が生き返ったのかと思ったんじゃないか?」
以前ならこういうことも悪戯っぽく言うのが広樹だったが、今画面に映る広樹は違った。それどころではないと言った感じが伝わってくる。
「彼女はもちろん時雨じゃない。まして、人間であると言っていいのかさえ分からない。」
「人間でない?」
公一郎は驚いていた。じゃあなんだ、今隣に居るのは幽霊だとでも言いたいのだろうか。
「彼女は人間である時雨と、別の生物を掛け合わせた新生物だ。」
「ああ!?」
公一郎は広樹の言っていることが分からなかった。まるで漫画か映画の世界のようなそんな話し信じるわけがない。
「お前のことだ、どうせそんなこと信じられないなんて思ってんだろ。」
「ああ、そうだよ!」
さすがは広樹だ、公一郎の考えていることなどお見通しなのだ。公一郎はいつの間には画面の中の広樹と会話しているような不思議な気分になる。
「でも俺は成功した。俺は大学でクローンの実験をしてただろ?あれをもっと応用したような感じだ。お前だって一緒に実験してたこともあったんだ、分かるだろ?」
しかし公一郎はいつも講義や実験にはおいていけぼりだった。単位を取るだけでぎりぎりだったのに、詳しくなんて覚えていない。
「まあ詳しいことは覚えてないだろうから難しい説明は置いといて…。」
何処までも見透かされているな、と公一郎は思った。
「彼女は人間でない分恐らく生きていられる期間は限られているはずだ。長くても七日間前後しか生きられないだろう。ただ俺にも彼女のことは詳しく分からない。本当はこれから彼女のことを詳しく調べてデータを取らなければならない予定だった。しかし、俺はこの実験を打ち切りにしたいと思う。今はその理由を言えない。もちろん打ち切りも独断だ。実験を打ち切りにするなんて上に言ったって絶対に阻止されるだけだからな。ただ一つ伝えられるのは、俺はやってはいけない実験をやってしまった。それだけだ。そして俺には果たさなければならない約束がある、それに、彼女を生み出した責任もある。彼女には命を与えられた以上精一杯最後まで生きて欲しいと思う。だからお前に頼みたいことがあるんだ。検体第一号に…時雨に…精一杯生きてる間に思い出をたくさん作ってやってくれ。」
すると広樹は画面から顔を背ける。広樹は都合が悪くなるといつもああやって顔を逸らすのだ。
「なんだよ!んな勝手なこと俺に押しつけんなよ!大学卒業してからまともに連絡寄越さねえでよ!久々に連絡寄越してきたと思ったらこれかよ!」
「分かってる。なんで俺に押し付けんだよって、そう思ってんだろ。」
「くっそ!!」
そうやって全てを見透かしてくることにも公一郎は腹が立った。
「でも俺にはお前しかいないんだ。時雨のことよく分かってくれる奴、お前しかいないんだよ!それに俺はこの実験データを全て持って消える。もしもう一度逢えたら、会いたいと思う…。あんまり期待はしないでくれ。とにかく頼む!短い期間かもしれないが、そいつに良い思い出作ってやってくれ!もし何かあれば、拓真が守ってくれる。彼はまだ若いが頼りになる奴だ、俺が保障する。」
それを聞いた時、公一郎が拓真の方をちらっと見ると、拓真は少し微笑んでいるように見えた。
「そして彼女についてだが、彼女はおおよそ三年でそこまで生育した。しかし彼女が世の中に出たのは八月十日だ。お前、この意味分かるか?」
「まさか…時雨の命日。」
「そうだ、時雨の命日だ。たまたまかもしれないが、彼女が保育器から目覚めたのが八月十日に日付が変わった時だった。知能がどこまで発達しているか分からないが、脳も成人の人間と同じくらいに発達していると考えていいと思う。しかしまだほとんど会話もしていない、つまり言葉もほとんどしゃべれないはずだ。ただ教えればすぐに覚えるものと考えられる。他にもいろいろと教えてやって欲しい。身体の機能は整っている。消化器官も正常に働いているから食事もできる。ただ、人間と同じような食事を好むかどうかは分からない。しかし、その辺もお前になら任せられる。それから、一度は目覚めたものの初めは生命力を蓄えるのに再び眠りに就く。起きるまでは無理やり起こさないで欲しい。それじゃあ公一郎…頼んだぞ。」
広樹は再び画面の方をまっすぐに見ている。公一郎もなんとなくではあるが状況を理解しつつある。
「あ、それから…最後になるんだが…これは俺の推測も交じって来る。ただ気を付けなければならない。だからお前には打ち明ける…。このことで俺を軽蔑の目で見るようになるかもしれないが、それを覚悟で話す。聞いてくれ…。」
その時だった。画面中央に充電切れを示すメッセージが出たかと思うと、画面が消えてしまった。
「あ!」
公一郎は思わず叫んでしまう。
「あ、バッテリーですね。ちょっと待って下さい。」
そう言うと拓真は路側帯に入り、車を一時停止させる。
「すいません。予備がありますんで取り替えます。貸して下さい。」
公一郎はパソコンを拓真に渡し、しばらく待つ。
「あれ…おかしいな?」
「どうしたんだ?」
拓真は焦るようにパソコンの画面を見ている。
「あ、いえ…さっきの動画のデータ…無いんです。」
「は!?」
「あれ…確かにこのフォルダに入ってたはずなのに………そうか!広樹さん、動画を一度見るとデータが消えるように仕組んでおいたんだ。だから秋本さんに見せるまでは絶対に開かないでくれって言ってたんだ!」
「おい!どうすんだよ!あれまだ途中だったぞ!」
「あ…いや…その…。」
「おいおいおい、お前広樹に頼まれたんだろ!ちゃんとしてくれよ!」
「いや…はい…すいません…。」
「すいませんじゃねえよ!」
拓真はほとんど泣きそうな顔になってしまっている。これ以上拓真を責めたところできっと泣き出してしまうだけだと思公一郎は思った。拓真は一生懸命バックアップやメモリを参照しているがやはり再生した記録さえ消されてしまっているらしい。それはそうだ。全国指名手配犯が残した動画なんて万が一流出したら大変だ。
「いいよ。もうどうにもならないんだろ?大体のことは分かったから。」
公一郎は胸につっかかるものを覚えながらもそれを押し殺して拓真に言う。
「はい…本当に…申し訳ないです。」
しかし拓真は泣いてしまっていた。公一郎は大きくため息をつき、先ほど買ったボトルのコーヒーをグイっと流し込む。
「仕方ねえもんは仕方ねえよ。ここでうだうだやってても仕方ねえ。行こう。」
公一郎はそう促すと、拓真は目を腫らしながらもようやく車を発進させた。
しかし、広樹はさっきなんと言おうとしていたのであろうか。公一郎が広樹を軽蔑するようなこととは一体何だったのだろうか。やはりあの続きが闇の葬られたのはかなり気になってしまう。公一郎は再び検体第一号、時雨の寝顔を見つめた。
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