最期の夏ー3
あの時由里子はずっと自分を責め続けていた。もちろん時雨が死んだのは由里子のせいではないことは分かっていたし、誰も由里子のせいだと咎める者はいなかった。
「私のせいで…私のせいで…。」
由里子はその言葉だけを繰り返しながら泣き続けていた。
時雨が病院に運ばれる数時間前の話しらしい、時雨と由里子は同じ学部の同じ研究室に所属していた。二人とも獣医を目指していたのだ。夏休みだとはいえ、研究室には何匹もの動物を飼っていたり保護していたりしたため講義は無くとも実験室には来ていたという。その日の朝も由里子が実験室にやって来ると、数日前に保護した子猫が実験室から逃げ出しているのが分かった。まだ自分で食料を得ることもできないほどの子猫で、親猫は近くに居なかったという。その子猫を入れていたゲージの鍵を前日誰かが閉め忘れたらしく、実験室の隙間から逃げ出してしまったらしい。そこへ時雨もやってきて由里子と探していると、由里子が大学の敷地外にある崖で動けなくなっているところ、泣き声を聞いて見つけたそうだ。由里子はすぐに時雨を呼んで二人で子猫を助けようと、由里子が時雨を支える形で子猫を救出しようとしたところ、由里子は手を滑らせてしまい時雨を離してしまったのだ。時雨は頭から転落し、即死だったという。
そのような状況では誰でも自分を追い込みたくなる。しかしこれは事故だったのだ。まして由里子と時雨はいつも大学内で一緒に居るほど仲良しだったのだ。信頼関係がなければあのような危険な場所で二人だけで子猫を助けようとはしないはずである。とはいえやはり由里子はその後しばらく笑顔さえ見せないほどに落ち込んでいた。もちろん公一郎も広樹も由里子を元気付けようと、まずは二人が時雨の死からの悲しみを乗り越えなければならなかった。正直言えば二人ともそれはとても辛かった。ほぼ生まれた時から三人は一緒だったのだからそんなにすぐに忘れることはできなかったし、簡単に立ち直ることなんてできなかった。それでも二人は必死で立ち直る努力をしたのだ。公一郎は前以上に研究に没頭し、公一郎は投げやりなやり方ではあるが、自分の趣味でやっていたバンドに打ち込んだり、友人たちとワイワイ騒いだりしていた。しかし、並行して公一郎と広樹の間に薄らと壁が出来始めていたのは、二人には分かっていなかった。
それでも由里子を含めた三人はなんとか立ち直り、大学卒業後はそれぞれ自分の道を進んだ。しかし、広樹は分からないが、公一郎はふと時雨がもし生きていれば今頃どうしていただろうかと考えたり、あの時のことを夢に見たりと時雨のことが忘れられないでいたのだ。それはもちろん広樹も由里子もそうなのだろうと公一郎は信じていた。だからでこそ、本当ならあの時三人は約束したはずなのだ。
「時雨の命日には、三人で必ず集まろうな。」
そう言った公一郎が忘れていたのだから、二人に合わせる顔など本当は無いはずであった。
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