突然の再会
公一郎はいつの間にか眠ってしまい、見たくもない夢の続きを見ていたらしい。テレビは付けっ放しになっていて、お昼の情報番組が流れている。巷で人気のスイーツ店を特集していて、人気芸人がその店の説明を笑顔でしているのが映っているが今の公一郎にはその音声さえも耳触りに聞こえた。しかしその時ふと気が楽になることを考えた。
「そうか、これは一続きの夢だったんだ。きっとテレビも昨日の夜バラエティ番組を見たまま消し忘れたに違いない。なんだ、全て夢だったのか。それなら予定通り溜まった洗濯物でもしよう。」
と枕元の携帯電話を取り上げ、何気なく画面を見た時だった。おびただしい量のメールなどの通知が入っていたのだ。公一郎は画面を見たままあの時と同じ、何かが崩れ落ちていく感覚に囚われた。携帯電話を持つ手が震え始める。その指でゆっくりとメールを開くと、その内容のほとんどは同じものだった。
「広樹に何があった!?」「おい、お前知ってるか?広樹が指名手配だって!」「お前何か知ってないか?」「情報共有求む!広樹が大変なことになってる!」「なんで広樹が指名手配なんだよ!」
送り主は友人や同級生だった。気が付かなかったが電話も何件か来ていた。
「それではここでニュースをお伝えします。今朝全国指名手配を受けた晴山広樹容疑者ですが、未だ有力情報は得られておらず、引き続き情報提供が求められています…。」
テレビでは特集が終わりニュースに時間になったらしく、やはり広樹のことがトップニュースとして扱われていた。公一郎は無意識のうちにテレビを消し、何も考えたくなくなった。公一郎にとってこれは完全に時雨が死んだ時と同じ感覚だった。
その時だった、家の呼び鈴が鳴ったのだ。家の呼び鈴が鳴るのなんてお届けものか何かの勧誘くらいなので急な音に公一郎はビクリとした。公一郎は呼び鈴が鳴ったら玄関に行かなければいけないという思考さえ簡単に巡らなくなっていたのだ。しばらくしてはっと気が付く。
「は。はーい!」
呼び鈴に答えるように玄関へ行く。いつもならのぞき窓から一度のぞいて玄関を開けるのだが、この時はとにかく誰か来たのなら玄関を開けなければならないと無防備に玄関のドアを開けてしまった。
ドアを開けた瞬間だった。公一郎は相手の顔を見るよりも早く腕を掴まれた。
「秋本公一郎さんですよね。一緒に来て下さい!時間がありません!」
公一郎は反射的にその手を払いのけドアを閉めようとした。
「あ!秋本さん!」
そこでようやく公一郎は相手の顔を見た。相手は高校生くらいの少年だった。迷彩柄のズボンに体操服のような地味な白いシャツを着ている。少年はドアの間に手を掛け、公一郎と少年は両者力いっぱい押し引きあいをした。
「おい!なんだよいきなり!誰だ!」
少年はなかなか力が強く、公一郎は負けそうになっていた。
「いきなりすいませんでした!自分は草林拓真って言います!広樹さん、晴山広樹さんに言われてきました!」
公一郎はその名前を聞いた瞬間に力を緩めた。力いっぱいドアを引いていた拓真はドアの勢いで体勢を崩して尻もちをついてしまった。
「おい、お前今広樹って言ったか?」
「はい、言いました。」
拓真は尻をさすりながら起き上っていた。
「お前、なんで広樹を?」
「自分は広樹さんに色々とお世話になったんです。だからその広樹さんの頼みで来たんです。お願いです!時間がありません!一緒に来て下さい!」
拓真は公一郎を真っ直ぐ見詰めていた。しかし公一郎は状況が飲みこめず、一緒に来て下さいと言われて易々といいなりになるのは気が引けた。
「お前、俺をどうしようって言うんだ。そうか、俺が広樹の友達だと知って、情報を聞き出そうって訳だな。それでネットにでも流すのか?」
そう言う公一郎を見て拓真は困った顔になった。
「いや…そう言う訳じゃないんですよ!ああ、そうだ…広樹さんに言われてたんだ……えっと、俺にはお前しかいない、だから協力してくれないか、こう伝えてくれって。」
拓真は必死で何かを思い出すように言っていた。
「なんだよ…それ。」
しかし公一郎はまだ疑っていた。
「あ、あと、自分のいうことを茶々入れたりしないでまじめに聞いてやってくれって、あの時みたいにふざけたら秋本さんを殴ってくれって、そう言われました。」
「なっ!…」
公一郎にはピンと来た。広樹がそう言っている場面が目に浮かぶようだった。
「だからお願いです。広樹さんに協力して上げて下さい。自分からもお願いします!」
拓真は深々と頭を下げた。公一郎はそれを見て、拓真が本当に広樹の知り合いであると完全にではないが一応信じた。
「一緒にって、何処に行くんだよ…。」
その言葉を聞くと拓真は頭を上げ、ほっとしたような表情を見せた。やはり高校生くらいなのだろうか、その表情はあどけなかった。
「ありがとうございます!福岡です。福岡に行きます!」
それを聞いて公一郎ははっとなった。福岡と言えば公一郎達の地元なのだ。
「福岡って…そんないきなり…。」
すると拓真は真剣な顔になって公一郎を見る。
「でも、秋本さんはここに居ると危険なんです。すぐにでも出発しなければ。」
公一郎はよく分からなかった。一体何が危険だというのだろう。
「今広樹さんは指名手配されています。この辺りも直ぐに捜査の手が回って来るんです。それに自分には福岡に行かなければならない使命があります。早くしないとこの辺りの検問も強化されてしまって福岡まで行けなくなるんです。」
良くは理解できないがとにかく広樹が関係しているとなれば捜査の手が回って来ると危険なのかもしれないと公一郎も理解した。
「いや、だけど検問って、俺車持ってねえし…。」
すると拓真は真っ直ぐ公一郎を見たまま、
「大丈夫です。車は自分が運転しますから。」
「ああ、免許持ってるんだ。」
「はい、もちろんっす。自分今年で二十歳なんで!」
公一郎が思っていたよりも年齢は上だった。
「でも急に言われても、仕事もあるしなぁ…。」
確かに危険だと言われても現実味はまだなかった。それよりも一度福岡に行ってしまえば明日には戻ってくることはできないだろう。となれば仕事はどうすればいいのか、それがまず頭に浮かんだのだ。
「大丈夫です。その辺も自分が何とかするように広樹さんに言われてますから。とにかく早く行きましょう。」
「分かった分かった!行くから。少しだけ準備させてくれ。どれくらいの間福岡に行くんだ?」
すると拓真は困ったような顔をした。
「申し訳ないんですが、分かりません。未定なんで…。」
「未定って!」
と公一郎は言うが、拓真の困ったような顔に負けた。
「分かった。少し準備時間をくれ。十分でいい。いいか?」
すると拓真は再び安堵した表情に戻り、公一郎を見つめる。公一郎はそんな拓真を見ていると、可愛い奴だなとふと思う。
「はい。ありがとうございます!」
拓真は再び深く頭を下げた。
公一郎は急いで戸締りをし、最低限の荷物と貴重品を持つと部屋を出た。部屋を出る時に冷蔵庫に賞味期限間近の肉があったのを思い出したが諦めた。拓真は律儀にも部屋の外で暑い中立って待っていた。
「秋本さん、行きましょう。」
公一郎が部屋の鍵をかけたのを確認すると、拓真は素早く回れ右をして歩いて行く。そのままアパートの裏へ行くと見慣れないシルバーのバンが停まっていた。拓真はその車に近づく。エンジンはかけたままらしい。物騒だなと思いながら公一郎もその車に近づく。
「秋本さん、乗って下さい。福岡まではこれで行きます。移動しながらいろいろと詳しく話しますんで。」
バンの後ろには黒いカーテンがしてあり、中が見えないようになっている。そのドアを拓真が開けてくれた時だった。公一郎は信じられないものを目にしてしまい、その場で退いてしまった。その様子を拓真は見ていた。
「驚くのも分かります。これから詳しくお話しますんで、とにかく乗って下さい。」
しかし公一郎は動けなかった。今目の前のことが現実だとは到底思えなかったのだ。
「おい…これって…。」
「大丈夫です。彼女、今寝ていますから。」
車の中にはもう一人乗っていた。確かにその彼女は眠っているようで、その横顔は公一郎にとってあまりにも衝撃的なものだったのだ。公一郎は拓真に押されるようにしてようやく車に乗った。その時拓真は公一郎のつぶやきを聞いていた。
「なんで…時雨が?」
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