望まぬ再会

 公一郎は携帯電話の着信音で目が覚めた。またあの夢にうなされていたのだろうか、夢の中と同じように公一郎のシャツはびっしょりと濡れていた。一体誰から電話が来るのだろうか。アルバイトが休みの時に電話が来ると言えば、急に欠員が出て今から出勤してくれないか、とでも言う電話くらいしか思い浮かばない。時計を見れば朝の9時を少し過ぎた頃、学生のバイト君の体調不良か、パートの若ママさんの子どもが突然熱を出して来られなくなったと連絡でも入ったのか。そんなことを考えながら枕元の携帯電話を手に取ると、画面には予想外の名前が出ていた。公一郎はその画面を少しの間目を細めて見つめていたのだが、ゆっくりと身体を起こし通話ボタンを押した。

「はい…もしもし。」

相手からは明らかに寝起きだと分かるような声でそんな定型文を発した。

「あ!出た!」

電話の相手は皆川由里子だった。

「なんだよ急に。かけてきたのそっちだろ…。」

電話に出たのになぜ驚かれるのだろうかと公一郎は少しムッとした。

「あ、ごめんごめん。仕事中かもと思ってたんだけど出てくれたから。」

「今日は休みだ。」

「じゃあさじゃあさ!てててて、テレビとか見た?あ、て言うか休みなら今起きたとか?」

「ああ、そうだよ。」

由里子は焦っているようだった。

 由里子とは大学時代の友人関係だった。広樹、時雨と共に大学で出会い、仲が良かったのだ。特に由里子と時雨は仲が良く、あの一件で由里子は相当落ち込んでしまっていたのだが、今ではそれも乗り越えて初めにあった時のようにテンション高めの性格に戻った。しかし今の様子はいつものテンションが高い由里子とはちょっと違っているように思えた。

「あのさあのさ、ちょっとテレビつけて!た、大変なことになってるんだから!」

「ああん?」

公一郎はまだ頭のスッキリしない中首を動かしてテレビのリモコンを探した。寝る前にバラエティ番組を見て直ぐに消したのでベッドの隣のテーブルの上にそれをすぐに見つけることが出来た。

「つけた?ねえつけた?」

「うるせえな。今つけるよ…。」

公一郎はリモコンの赤い電源ボタンを押すと、少しして画面よりも先に音声が流れ始めた。まだその音声を認識できないが、次に画面がついた瞬間公一郎の眠気は一気に吹っ飛んでしまった。

「ねえ、公ちゃん、つけたよね?ねえ、これどういうことかな?」

公一郎はテレビの画面から目が離せなくなり、由里子の声がまともに聞き取れなくなっていた。

「公ちゃん!公ちゃんってば!ねえ聞いてる!」

「あ…ああ…聞いてるよ。うるせえな…。」

 テレビに映っているのは報道番組のようだ。女性アナウンサーがしきりに原稿を読みながらカメラに目線を送っている。テレビ下の字幕には

「緊急指名手配。情報提供求む。」

と書かれていた。しかしそれよりも何よりも女性アナウンサーの横に出ている指名手配犯と思われる写真が問題なのだ。

「ねえ!公ちゃん!一体どういうことなのかな!」


「繰り返しお伝えします。先程全国指名手配犯とされました、国家生物研究所職員の晴山広樹容疑者、27歳ですが、昨日昼ごろから未明にかけて国家の重要なデータを持ち出し逃走したとして全国で指名手配されました。今のところ詳しい情報は入っておりませんが、現在全国各地で捜索が始まったということです。晴山容疑者に関して情報をお持ちの方は110番通報をして頂くか、所定の機関への情報提供をお願い致します。現在これに関する詳しい情報はまだ入っておりません…。」


女性アナウンサーは黙々と原稿を読み上げている。公一郎は無意識に他のチャンネルに変えてみるが、どのチャンネルにも広樹の顔写真が映し出されていた。

「おい…これ…どういうことだよ。」

公一郎は携帯電話を片手に持ったまま茫然としていた。

「だから!それは私の台詞!広樹に何があったのよ!最近何か言ってなかった?」

そういえば公一郎はここ最近広樹とは連絡を取っていなかった。最後に連絡を取ったのはいつだっただろうか。それさえ思い出せないほど最後に連絡を取ったのは前のことなのだ。

「しばらくあいつとは連絡取ってねえんだよ!俺だってこんなの今初めて知ったんだ!分かるわけねえだろ!」

公一郎はそう言うしかなかった。

「そ、そうなんだ。公ちゃんも分かんないんだ。一体広樹に何があったんだろう?」

由里子は少し落ち着いた様子だった。

「なんだよあいつ!一体何やらかしてんだよ!」

公一郎も思考回路が回っていなかった。とにかく今目の前の画面に映る広樹の写真をじっと見つめることしかできなかったのだ。

「分かった。とりあえずさ、もし何か分かったら連絡頂戴!私も何か分かったら公ちゃんに連絡するから。あ、じゃあ切るね。」

そう言って由里子は電話を切った。電話の向こうで一瞬泣き声が聞こえたので恐らく子どもが泣き始めたのだろう。そうか、由里子ももうお母さんになっていたのかと公一郎は霞がかった頭の中でそう考えていた。

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