戦いのあとの夜
夜が似合うと言えば聞こえはいいが、実際は人々の不安を煽るように、その不気味さを際立たせる、夜の九鬼邸。
今朝の喧騒とはうって変わって、敷地内は静まり返っている。
瓦礫の上に腰をおろし、月を見上げながら佇む人影。
この館の主、九鬼蔵人は物思い耽る。
あの時こうしていれば? 考えても答えは出ない。
彼自身そんな事は分かっているのだろう。 だが、考えずにはいられなかった。
月に小さな影がかかる。
その影が彼に迫るように大きくなり、翼を広げた少女が姿を現す。
月を背にし、月光を従えるように現れた少女、戦乙女は、蔵人の前に降り立つ。
忌々しい来客に顔をしかめつつも、蔵人は彼女に問いかける。
「……何か用か? 」
「別に……きゅう子、とりあえず私の家にいるから。」
戦乙女がぶっきらぼうに応えると、お互いの間にわずかな緊張感が漂う。
「そんな事をわざわざ伝えに来たのか? ご苦労な事だ……。」
「あんた、もう一回ぶっとばすわよ。」
「野蛮な奴だ……用がすんだのなら去れ……どこかの誰かにやられた傷に響く。」
「うわっ! 生意気! じゃなくて……聞きたい事があるんだけど? 」
今朝、蔵人を見た時からの違和感。
それを確信に変えるため、戦乙女は蔵人を問いただす。
「あんた……ベオウルフね? こっちじゃワーウルフ……狼男って言うんだっけ? どういう事なの? 」
一瞬、夜のざわめき。
苦々しく、蔵人がつぶやいた。
「……本当に忌々しい奴だ……! 」
僅かな沈黙の後、ありがちな話だと前置くと、蔵人は語りだした。
百年程前から、吸血鬼と狼男の関係が険悪になった。
きっかけは、とあるホラー映画。
その映画のストーリーでは、吸血鬼と狼男が戦っていた。それだけの事。
しかし、その化け物たちの事を良く知らない人間にとって、奴らはそう言うモノだと認識させるには十分であった。
人々がそう認識したから、世界が形を変えたのだ。
お互いに敵対し殺し合う。
結果は、個々の力では吸血鬼に劣るが、数で優る狼男たちの勝利に終わった。
「だが、俺たちは狂戦士……戦いの喜びを、再び味わってしまえば、もう平穏に戻る事など出来ん……! 」
勝敗が決した後も、狼男たちは戦いを求め、吸血鬼を襲った。
こちら仲間が何人死のうと、戦いの興奮に酔いしれた。
「そんな時だ……吸血鬼たちが隠れ住む集落があると耳にしたのは……。」
群れる事のない吸血鬼が集まっているとなれば、これまでにない激しい戦いになるだろう。
飢えた狼の血が滾り、興奮を抑えられない。
狼男たちは、血眼になりその集落を探し、ようやく集落を見つけると、夜を待った。お互いの力がピークに達する真夜中を。
そして、その夜。狼男たちは、ひっそりと隠れ住み平穏に暮らしていただけ吸血鬼たちに襲い掛かった。
戦いは熾烈を極め、夜が明けるまで続き、遂に決着した。
「しかし、その場で立っているのは、もう俺しかいなかった……その結果に後悔などない。むしろ俺は、身体からあふれ出る衝動を抑えきれず、さらに血を求めていた……。」
逃げたモノはいないか?
まだどこかに隠れ潜んでいるモノはいないか?
彼は廃墟と化した集落を、血を求めさまよう。
「俺は、空き家のドアを蹴破った……そこにいたのが、まだ赤子の妹だ……。」
ベビーベッドに眠る吸血鬼の赤ん坊。
彼は躊躇することなく、爪を振り上げる。
「まさに殺そうとした時だ……妹は目を覚ますと、俺を見て笑ったんだ……血まみれの俺をな……情けない話だ。」
彼は気が付くと、赤ん坊を抱きかかえていた。
それからは、あらゆるモノの目を避けて、各地を転々とした。
そして、最後に辿り着いたのがこの国。
周囲を海に囲まれた島国だからか? 彼らの事をあまり知らず、温暖な気候。
戦後のどさくさも相まって、紛れ込むにはうってつけだった。
「まさか、ここまで手に負えなくなるとは、思ってもみなかったがな……。」
蔵人は自嘲気味に笑うと口をつぐんだ。
「……きゅう子は知ってんの? 」
「まさか。」
「でしょうね。」
「……妹には言うな……! 言えば、貴様と言えど殺す! 」
「それが人にモノを頼む態度なわけ? まあ、いいけどー。」
蔵人の視線を戦乙女はあしらうように受け流す。
「……今度はこちらの質問に応えろ。どうやってここまで来た?」
戦乙女はよほど応えたくないのか、顔をしかめたが、観念したように口を開く。
「……臭いよ。」
「臭い? 」
「まあ、厳密には違うんだけど、不死者特有の臭い。吸血鬼くらい強力な不死者なら、ちょっと探ればこのくらいの距離でも分かんのよ。でも、あんたからはそれが薄いし、どちらかと言えば獣臭がする……つまりそう言う事。オッケー? 」
「……そう言う事か……。」
「あんたこそ、きゅう子に臭いの事言うんじゃないわよ!? 言ったら殺す! 」
「それが人にモノを頼む態度か? まあよかろう……。」
お互い不敵に笑う。
月の光が二人を照らした。
戦乙女は蔵人に背を向けると、小さく羽ばたき宙に浮かぶ。
彼女の背中に、蔵人は囁く。
「……妹を頼む。」
その言葉に、戦乙女は振り返る事はなかったが、はっきりと力強い口調で返した。
「言われなくとも! 」
戦乙女は翼を大きく羽ばたかせ、夜の空へと消えていく。
また蔵人も、まるで夜の闇にとけ込むように、そこから気配が消すのであった。
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