引き抜かれた聖剣

 無言で睨み合っていた二人が視界から消える。

 お互い警戒し、けん制し合っていた中、何かをきっかけに踏み込んだのだろうう。

 直後、衝撃音と共に姿を現すと、激しい攻防を繰り広げる。

 圧倒的な手数で襲い掛かるきゅう子の兄の攻撃を、戦乙女は紙一重でかわしながら、わずかな隙間に攻撃を突き入れる。


 側頭部を狙った鋭い蹴りを、距離をつめつつかがみながらかわし、立ち上がる反動を利用しての掌打を、きゅう子の兄の顎に叩きこむ。

 しかし、彼はそれに怯むどころか、猛攻は激しさを増す。

 人ではない彼に、顎への攻撃がどの程度効果があるのかは分かりませんが、あの威力の掌打……。

 確実にダメージはあるはず。


 では、あのきゅう子の兄の姿はなんだ? 戦乙女の攻撃を防御出来ないと言うよりは、初めから、防御するつもりがない……いや、頭の中に攻撃と言う選択肢以外存在しないとでも言うような……まるで、狂戦士……。

 このままでは、戦乙女に分が悪いのではないか?


 微力ながら、私も助太刀をしたいのだが……こう、埋まったままでは……。

 私は戦いを不安げに見つめるきゅう子の顔にちらりと目をやる。

 きゅう子に引き抜いてもらえば……いやいや、助けに来たのに助けられたのではしめしがつかないと言うかなんと言うか……ですが今はそんな事を言っている場合ではない!


 恥をしのんで引き抜いてもらおうと、きゅう子を見上げると、彼女もまた空を見上げていた。

 それにつられたように、私も空を見上げた。

 すると、いきなり視界を影に覆われたかと思うと、私の目の前の地面に、きゅう子の兄が叩きつけられ、それを追うように降ってきた戦乙女が、仰向けの彼の腹部に、断頭台さながらの膝を落とした。

 ……骨が砕ける嫌な音、飛び散る鮮血……ちょっとまた気分が悪く……。


「ふう、一丁上がり。」


 戦乙女は、立ち上がり衣服の汚れを払う。

 そして、私たちに顔を向けると、どこかバツが悪そうに笑った。


「……お、乙女ちゃん……どうやって……ううん……どうして? 」


 やはり、いきなり現れた私たちに驚きを隠せないのか、きゅう子が尋ねる。


「どうしてって、そりゃあ……昨日急用だって帰ったと思ったら風邪なんて嘘ついて休むんだもん……もしかしてきゅう子に何かあって、そのー……私たちにだけ伝わる、助けてってメッセージなんじゃないかと思ったら、いてもたってもいられなくなって……。」

「え!? ……えと……あの……ご、ごめんなさい……。」


 今度はきゅう子が、どこかバツが悪そうに微笑む。


「そ、そんな深い意味は……な、なくて……あえて、意味をつけるなら……ちょっと休むけど……心配しないでね……かな? ……えへ……えへへ……。」

「え!? ……あ、そ、そうだったんだー……ゴメン……早とちりした。 」


 まったく人騒がせな奴だ! だから私が言ったではないか! 

 たしかこう……なんかこう……良い感じの事を言って落ち着くようにと!

 うん、言ったな! 間違いなく言った! 戦乙女は以後気を付けるように!

 

「う、ううん……きゅう子の方こそ……心配かけて、ごめんなさい。」


 きゅう子は良いのです! 何も悪くありません! 

 私はちゃんと理解していましたよ! あのメッセージに込められた意図を!

 あとで私が戦乙女には言っておきますから、きゅう子は気に病む事などないのです。


「で、でも……来てくれて……うれしい……! ありがとう……! 」

「ま、まあ……友達だし? ……あ、当たり前だしっ! 」


 二人は見つめ合い微笑み合う。

 ……良い雰囲気ですね? よろしければ、私もまぜてもらえませんか? 私も友達ですよね? 仲良し三人組ですよね? 

 ……仲間はずれ良くない!

 そんな時、私たちをバカにするかのように、きゅう子の兄が声を上げた。


「……なにが友達だ。」


 警戒し身構える私たち。

 しかし、彼は起き上がる気配すら見せず、そのまま言葉を続ける。


「貴様らは、妹の事を何も知らない……今日ここへ来たのも、勘違いによる偶然だと? くくく……それで友達……か……笑わせてくれる……! 」


 ……確かにその通りだ。

 私たちは、お互いの事を知っているようで、全く知らなかったのかもしれない……。

 だが……!


「知らないからなんだ……偶然だからなんだ……私たちが生まれ、過ごした時間と比べれば、二人と出会ってからの時間はあっという間のようなモノだ。しかし、そんなわずかな時の中で、互いの全部など知れるはずがない! だからこれから知っていくのだ! 友として! たとえきゅう子の兄と言えど、それ以上私たちの関係を侮辱すると言うのなら、私が許さん! 」


 痛いところを突かれ、言い訳をしただけなのかもしれない。

 友達の事を何一つ知らないと言う事を、誤魔化しただけなのかもしれない。

 しかし、私は思わず叫ぶ。

 この友情に、嘘、偽りなどないのだと。


「……戯言を……! 」


 軋む身体を無理に起こそうとする兄に近づき、きゅう子は腰をおろすと、兄の頭を優しく抱え、自身の膝にのせた。


「に、兄さんが、きゅう子のために……色々してくれている事は知っています……で、でも……兄さんが、この国に連れてきてくれたから……二人と友達になれた……昨日は、嫌いなんて言っちゃったけど……本当は……感謝してる……だから、お願いします……二人と一緒にいたいの……! 」


 彼は、陽光を嫌うように、腕で自らの視界を遮った。

 彼が遮ったのは、光だけではないのかもしれない。


「……もういい……好きにしろ……ダメだと言っても、お前たちには敵わん……俺にはどうすることも出来ん……。」


 暖かな日差しが私たちを包む。

 一件落着と、言ったところか。

 そんな時、私は不意に戦乙女に首根っこを掴まれた。


「さっきの台詞、埋まってなきゃあちょっとは恰好ついたのにねー。」


 そう言って私を、まるで大根のように引き抜く。

 なぜだ?

 なぜこのタイミングで引き抜くのだ!?

 なんか恥ずかしい……穴があったら入りたい……。

 あ! さっきの所にもう一度刺してくれないか?

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