彼女は美味しいとこだけ食べる

 速い……速すぎる……!

 戦乙女に抱えられての空中を高速移動。

 何が悪いと言うわけではないが、心の中で繰り返す言葉は、ごめんなさい。

 気を抜けば吹き飛んでいってしまいそうな速さの中、きゅう子の安否を確かめると言う目的が、かろうじて私の意識をつないでいた。

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ごメンなさイ?

 ごめんなさいが、私の中でゲシュタルト崩壊を起こし始めた、ちょうどその時。

 戦乙女のわずかな強張りが伝わる。


「ど、どうかしたのか? 」

「剣になって! 」


 何を言っている? 私は既に剣だ。しかも、聖剣だぞ? すごいだろ!

 それとも、所有させろ的な? 私のモノになれ的な? そう言う意味か?

 ……ま、まあ……貴様なら、考えなくもなくなくなくなくないと言うか……。

 いいやいや! ダメだダメだ! 

 私を振るうのは、やはり人でなくては……。

 で、でも……少しだけなら握らせてやらなくもなくなくなく……。


「……っと! 聞こえてんの!? 元の姿に戻れって言ってんの! 」

「……はい? 」

「寝ぼけた声出してないで早く! 」


 戦乙女の急かす声で我に返る。

 な、なーんだ……そう言う事……か……。

 も、勿論分かってたし! もしもの話、想像しただけだし!


「早くしてっ! 」

「ひいっ! た! ただ今! 」


 もうちょっと、優しくしてくれてもいいのに……。

 私の身体が、青白く輝く淡い光を放つ。

 戦乙女の手には、聖剣が握られていた。

 派手な装飾などは無く、どちらかと言えば簡素な作り。

 しかし、白銀の刀身、黄金の鍔……簡素でありながら、その見るもの全てを魅了するような、そう、それはまるで……


「歯あ食いしばりなさい! 」


 ええい! 私の自画自賛に水を差すでない! だいたい食いしばる歯などないわ!

 ……刃はあるけどな。……んふふ。


「剣なんて投げた事ないんだけど……。」


 それはそうだ。

 投げるものではない。切るものだ。

 戦乙女……なぜ振りかぶる? 

 ……おいまさか!? やめろ! やめてくれ! 後生だ! 後生だから……!


「いっ……けえええええ! 」


 その瞬間……たぶん私は光速を超えた……。

 もはや景色とは呼べない歪んだ空間が過去になっていく……。

 何かを貫いた気がする……あ!

 ……きゅう子?

 私は叩きつけられた。



 意図しない飛来物に、お互い飛びのく。

 轟音と土煙を巻き上げ飛来したそれは、地面を大きく抉っていた。

 警戒する兄妹。

 土煙が晴れ、そこに姿を現したのは……。

 地面から生えたような……取っ手? いや、持ち手かな?

 

 柄だ! つ! か! 

 まあ、それはいいだろう……。

 うっ!? ちょっと気持ち悪い……。

 新鮮な空気を求めて顔を突き出す。

 酔った視界で見上げた先には……鮮血に染まる化け……?


「きゅ……きゅう子……ですか? 」

「す、鈴木ちゃん? ……っ! どうして!? 」


 きゅう子が驚くと、彼女の身体を覆っていた血のようなモノが、どろりと流れおちた。


「どうしてと……。」

「どうしてってえ!? 決まってんじゃない! ヒーローは遅れてやって来るもんでしょーが! 」


 太陽を背にし、翼をめいっぱいに広げ、腕を組み、戦乙女が得意げに私たちを見下ろす。

 ……いいなー……ちょっとかっこいいなー。

 それに比べて私は、地面から生えた生首……この差は何なのだ?

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