嘘の中のメッセージ

「やめよ? ねえ、やめよってば! 」


 ここまで来て往生際が悪いぞ! ならば貴様の普段のおこないを悔いる事だな。

 私は職員室の扉に手をかけると、戦乙女の静止を無視してスライドさせる。


「失礼する! 」

「ちょ!? なんでそんなデカい声出すの!? 」


 教師たちの視線が私たちに集中する。

 戦乙女は、その視線を避けるため、私の背に素早く隠れた。

 盾のように扱いおって、私は剣だぞ? ……まあ良い。


「この中に、九鬼きゅう子について何か聞いている者はおらんか? 」

「言! い! か! た! 」


 なぜか教師たちは、あっけにとられたと言う表情で口をあんぐりさせる中、後ろの戦乙女が小さな声で怒鳴る。器用な奴だな。しかし……。

 教師たちはこちらを見るばかりで、私の問いに応える気配がない。

 ふむ、聞こえなかったのか? ならばもう一度だ。


「この中に……。」

「ストーップ! ストーップ! ミス鈴木。あちらでお伺いしましょう。ミス戦も、さあ、ご一緒に。」


 ゼリーが慌てながら私たちに駆け寄ると、職員室を出るように促す。

 なんだ? 聞かれると不味い事でもあるのか?

 ……もしやきゅう子の身に何かあったのでは!?

 三人で職員室前の資料室に入ったところで、私はゼリーの襟首を掴み激しく揺さぶる。


「知っていることを全て言え! さもなければ……。」

「あ! ちょ! ヴェにゃ! 」


 ゼリーの顔が水音を立てて爆ぜる。

 すると、首、肩、胸と上から下まで崩れるように溶けていき、先ほどまで人の形をしていた水たまりは、這うように窓際に移動すると、再び人の形をとる。


「はあ……まったっく……落ち着いて下さい!ミス鈴木の頭の中で、どう言う結論に至ったかは知りませんが……。」


 早く教えろ! 事は一刻を争うのだぞ! きゅう子の身に何かあってからでは……。


「……風邪、だそうです。」


 か! 風邪だと!? それは一大事ではないか! 早く討伐隊を編成して……ん?


「……風邪? 」

「はい……風邪です。」


 そ、そうか……! 風邪か……なんと言うか、良くないけど良かった。

 ハンターに襲われたりしたわけではないのだな? 信じるぞ? ゼリー。


「ミス鈴木、思い込んだら何事も真っ直ぐなところは良いと思いますが……少々思い込みが激しすぎるのではないですか? 」


 ……耳が痛い。


「ゼリー、その……今までの非礼を詫びたい、すまなかった……少々とりみだした。」

「いえいえ、友達を心配するのは普通の事……限度と言うモノはありますがね。ふふ。」


 ……耳が……耳が……!


「……あのさー。」


 今までのやりとりを大人しく聞いていた戦乙女が、不意に口を開く。


「あんたたち、きゅう子が風邪なんて、本気で思ってるわけ? 」

「……どういう意味だ?」


 戦乙女の顔が険しくなる。

 ゼリーは視線を窓の外に向け押し黙った。

 私だけ……蚊帳の外……か。


「……吸血鬼が……風邪なんてひくわけないじゃない……! 」


 ……何? 


「ゼリーは嘘ついてないみたいだし、風邪って事で連絡受けたのは本当でしょ。」


 ゼリーは無言で頷く。

 ではなぜそんな嘘を……


「……ミス戦、やはり貴女は誤魔化せませんか……。」


 戦乙女はゼリーを睨み詰め寄る。


「……風邪って連絡……誰からもらったの? 」


 ゼリーは戦乙女の目を真っ直ぐ見つめ返す。


「……私は教師、もちろんミス九鬼は私の大切な教え子の一人。ですが、貴女たちも大切な教え子です。ですから、危険な事をさせるわけには……。」


 その瞬間、ゼリーの全身が弾け飛ぶ。


「私たちの事、心配してくれるのはありがとう。でも……早く言えっつーの!」


 いきなりの事に戸惑う私の名を戦乙女が呼んだ。


「行くよっ! エクスカリバー! 」

「い、行く? どこにだ!? 」

「きゅう子ん家に決まってんでしょ!? 」

「な!? 何だとお!? 」


 戦乙女は乱暴に扉を開けると、私の手を引く。

 ゼリーが急いで顔だけを形作り、焦った様子で待つように叫んでいたが、戦乙女は聞く耳をもたない。


「この際だから……いいわ! 私たちの関係、認めさせてやろうじゃない! 」


 彼女の迫力に、私は何も言葉が出なかった。

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