その力……ヴィジョン(笑)

 早朝、学校の武道場。

 私はクラスメイトの三ノ宮くんと、日々の日課に励んでいた。


「い……良いよ鈴木……出そう……出そうだよ……! 」

「そ、そうか? では、少し……恥ずかしいのだが……こんなのはどうだ? 」


 羞恥に耐え、身体をよじる……。

 そんな私を見て、彼は一層興奮したのか、声を荒げる。


「ああっ! 良いっ! すごく良いよお! 出る! もう絶対でる! むしろちょっと出てるんじゃない!? 」


 ま、まったく……三ノ宮くんは相変わらず口が上手いと言うかなんと言うか……。

 まあでも……な、なんだ……そのー……。

 やはり褒められて悪い気はしないな。正直、気持ちがいい。

 ついついのせられて、積極的になってしまう。

 だがこの日課を諦めずに続けていられるのは、三ノ宮くんが褒めてくれるおかげだ。


「よ、よし……! では、いくぞ! 」

「いけるいける! いけるよ鈴木ぃ! 」


 私は独特の構えから竹刀を振り上げ、自らの名を叫び振り下ろす……!


「エクス……カリバー! 」

 

 ……。

 静まり返る武道場。

 聞こえるのは、二人のわずかな息遣いと小鳥の囀り……。

 私は思わず竹刀を落とし、膝を着き項垂れた。


「今日も……今日ですら……ダメだった……! 」


 私には無理なのか?

 人々の希望に応えることはできないのか?

 今朝は寝覚めが良かった……朝ごはんもおかわりした……。

 だから今日は出せそうな気がしたのに……なぜビームが出ない!

 と言うか……ビームってなんだ!?

 落ち込む私の肩に、三ノ宮くんが触れる。

 そんな彼の手は震えていた。

 彼もまた、今日の結果が悔しくてたまらないのだろう。


「お、おおお惜しかったんじゃあななな、ないかな? 」


 三ノ宮くん……君と言う奴は……!


「ぼ、僕が見たヴィジョン(アニメ)と遜色のないクオリティだったし……そのー……名前を叫ぶ感じもヴィジョン(声優)にピッタリ……だ、だたよー。」


 三ノ宮くんがぎこちない手つきで私の頭を撫でてくれた。

 私は犬、猫ではないのだぞ?

 しかし、彼の優しさに、あふれる涙を抑えきれず、思わず私はすがるようにしがみついた。


「三ノ宮くん……三ノ宮くん! 」

「おおおおおお!? おちちゅけよ! しゅ! 鈴木!? 」


 僕の名前は三ノ宮隆!

 どこにでもいる普通の高校生……ってのは仮の姿!

 実は僕、近い未来(ヴィジョンと名付けた)を見る事が出来る予知能力者……ウォッチャーなのさ!

 ある日出会った美少女に協力を頼まれ、いやいやながらも付き合ってるって訳。

 やれやれ……自分のお人よしも、ここまでくると嫌になるなあ。

 まあでも、乗りかかった舟だ。

 彼女の願いは、僕が叶えてやるぜ! ――三ノ宮隆の㊙設定ノートより――


「鼻の下伸ばしてるとこ悪いんだけどー。」


 聞きなれた声に我に返る。


「その子、借りていい? 三ノ宮。」


 戦乙女の視線に、三ノ宮くんは目を逸らす。

 当然だ……彼の魔眼は強力らしいからな。

 仲良しのこの私ですら、三日に一度くらいで、ほんの一瞬しか目が合うことがないのだから。


「え!? あ! はい! い、戦さん……。」

「ぐすっ……邪魔をしないでもらおう戦乙女……大切な稽古中だ。」

「いいから来て! 」


 彼女は私の腕を強引に掴み、引きずるように渡り廊下に連れ出した。


「離せ戦乙女! いったい何だと言うのだ! 」


 彼女の手を振り解き、何事かとたずねる。

 私と三ノ宮くんの日課を中断させる程の事なのだろうな?


「……あんた、三ノ宮に勘違いされても知らないわよ?」


 ……いきなり此奴は何を言っているのだ?


「まあ、もう手遅れだとおもうけどねー。それは良いとして……」


 手遅れ? 何がだ? 貴様もしや、そんな訳の分からぬ理由で、私たちの邪魔をしたと言うのではあるまいな!?


「戦乙女!貴様……。」

「きゅう子がまだ学校来てないみたいなんだけど……あんた何か知ってる? 」


 普段の彼女とは違い、どこか不安そうな表情で落ち着かない様子。

 私を連れ出した理由を、軽んじてすまなかったな。


「いや……何も知らない。……何か急ぎの用でもあるのか? 」

「急ぎって程じゃないけど……そのー……。」

「何だその歯切れの悪さは?貴様らしくもない。」

「う、うっさい!……ただ……昨日の事、謝りたくって……。」


 そう言う事か……。

 ふふ、その歯切れの悪さが、今度は貴様らしいじゃないか。


「ほ! ほら! あの子、気にしいでしょ? 私たちが睨まれたの気づいてたっぽいし……それで、自分のせいだーなんて思ってるんじゃないかなーって……。」

「ふふ……くっふふふふふ……! 」


 戦乙女。貴様が一番友達思いなのかもしれんな……。

 だが今は笑わせてくれ。


「な!? 何がおかしいのよ! 私、変な事言ってないでしょ!? 」

「ははははは! ……いや、すまんすまん。あまりにも貴様がアレなので、ついな。」

「っ! アレって何!? あんたぶっ飛ばされたいの!? 」

「まあ落ち着け。まだホームルームまで少しだが時間はあるが……きゅう子から何か連絡があったか、職員室で聞いてみようではないか。」

 

 たしかに、真面目なきゅう子が遅刻すれすれと言うのも珍しい。

 以前、朝は苦手だと言っていたので考えられなくはないが、考えるより確認するのが手っ取り早い。

 しかし、職員室と言う単語を聞き、戦乙女は難色をしめす。

 人ではないが、此奴も学生。私も少しだが気持ちは分かる。

 あの職員室独特のなんとも言えぬ空気感が嫌なのだ。素行不良の此奴ならなおの事。


「えー? いやー……そこまでは……そのー……そ、そうだ! それなら適当にゼリーの奴捕まえてさ……。」

「ごちゃごちゃぬかすな。さあ、いくぞ! 」


 私は戦乙女の腕を強引に掴み、引きずるように職員室を目指す。

 先ほどとは、立場が逆になってしまったな。

 ひきずられる戦乙女が何やらわめいているようだが、私は聞こえないふりをした。

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